第49話
この地域によく出るのは子鬼だと聞いた。それから鎌鼬、手長足長のようなものが出る事もあると。この洞窟の中では、子鬼や鎌鼬が単発的に現れた。俺は自分に結界を張っているので鎌鼬が襲ってきてもかすりもしない。結界は一度張れば壊されるまで殆ど魔力を使わない。非常に経済的だ。
酒呑は、彼等を殆ど相手にもしない。それでも挑んできた奴は、酒呑にむんずと掴まれて放り投げられ、ペキュンと壁にぶつかってそれで終いだ。鎌鼬も素手で掴まえられてしまっていた。
「ふん。手応えの無い。まあ、これほど瘴気が薄ければそんな物だろう」
ダム湖の底深くに沈む洞窟から常に繋がっている洞窟群には水が常に供給されているのではないかと考えている。そうして洞窟に溜まった水は瘴気を溶かし込んでいくのではなかろうかと。だから、主流からはずれた支流というか傍流というか、こうしたダムに沈んだ洞窟と繋がっている洞窟の奥には水が湛えられることで、水に瘴気が溶け込んでしまっているのではないのかと。だから、洞窟内には十二分な瘴気が満たされていないのかもしれない。
そう言えば、御門はダム周辺では妖物の出現が低いと言っていたのを思い出した。
「水は瘴気を閉じ込めてしまうのだろうか」
ふとそう口から出た。
「さあて。閉じ込めると言うよりも水が瘴気を多く含めるのではないだろうかのう。瘴気がいっぱいになって水に収まらなくなれば溢れ出でて
そう言う事もあるのかもしれない。瘴気というモノ自体の性質はそれほど俺は知らない。今回の事で、もしかしたら水の中にどれほどの瘴気が含有できるのかデータを取っているかもしれない。空気中に含まれる酸素や窒素みたいに検証できるモノなのだろうかは知らないが。
後で御門にでも聞いてみようと思う。
でも酒呑の言うとおりに水に溶け込むならば、瘴気というのは実体があるんだなと思う。
「ま、とにかくこの先に進もうぞ」
酒呑は大変楽しそうだ。自分の管理する洞窟ではないとはいえ、洞窟へ行くというので上機嫌なんだろうか。
洞窟は奥へ行くほど段々広がってきていた。そうは言っても、直系3mほどの空洞になっているだけなのだが。
「ダンジョンってこういう感じだったなあ」
ふと、異世界で同行することになった幾つかのダンジョンを思い出した。一度、王子のレベルアップのために連れて行かれた事があった。魔王討伐に同行する気満々だったあの王子のお守りは中々に面倒だった。
どうも、あの王子はダンジョン内では箱庭で休むのが目当てで俺を連れ出したらしいのだが、あの時、あいつは箱庭に拒絶されて入れなかった。結局、あの時は箱庭は食料など物品を運ぶものとして取り扱われたが。ダンジョン内の休憩は、俺が結界を張ることで対応したが。
(はた迷惑な奴だったよな)
考えてみれば、あの世界の住人で良いイメージを持っている人の方が少ないのではないだろうか。お世話になった人達も勿論いた。薬師の師匠には大変世話になった。だが、王子といいアレと言い、全体的に悪いイメージを助長する人間のインパクトの方が強い。
(やめやめ、あちらに居たときのことは考えるだけ無駄)
俺は頭を振って、これから行く先の事について集中することにする。今考えなければいけないのは、ダム湖に沈んだ洞窟の事と洞窟内でも如意樹が育つかどうかということだ。
今回は、取りあえず実験の様なモノだ。ここから洞窟の奥まで行き、その場所に如意樹の種を植える。そして、生長過程を記録することだ。一度辿り着いた洞窟であれば、酒呑は易々と来ることが出来るようになるのだと言っていた。それは、転移か ? 転移なのかと聞いたんだが、ヘラヘラと笑って教えてくれなかった。如意樹の生長過程は酒呑がまたスマホで収めてくれる事になっている。
かつては、樹木だから太陽光が必要だろうということで洞窟の外に植えられていたという。だが、全て伐採されてしまって絶えたのだと聞いている。
瘴気だけで育つのならば、洞窟の奥だけで育つかもしれない。洞窟の奥で育つならば、人目に付かずに増やすことも可能かも知れない。そう、俺は考えたのだ。洞窟の奥は人は滅多に行かないと聞いているから。洞窟はダンジョンじゃないようだ。
如意樹が純粋に光合成で育つ植物ならば、俺の考えは全く以て成り立たないだろう。だけど、ラフレシアみたいに寄生植物だってあるじゃないか。だから、一度だけでも試してみようと思ったんだ。駄目ならば、また他の方法を考えればいいだけだ。
「瘴気、ここは薄いのか」
「薄いな。だから、でてくる妖物が皆ヘナチョコばかりだ。張り合いのない」
そっか。それじゃあここら辺の洞窟の入り口に如意樹を植えたとしても瘴気が薄すぎてそんなに生長しないかも。入り口にも念のため帰りに植えようかと思ってたけど、下の瘴気が濃い場所まで育つのに時間が掛かれば、誰かに伐られてしまうかも知れない。ここはアレの関わりのある場所でもあることだしな。
やっぱり、洞窟の奥で育ってくれるといいなぁ。大ムカデの洞窟の如意樹は元気に育って、沢山の種子を俺にくれた。だから、色々と試せるはずだ。
酒呑の後ろを着いて行きながら、俺は色々と考えていた。
水面の見える場所までくるのに一泊を要した。勿論、宿泊や食事は箱庭の中だ。食料も十二分に蓄えてあるので、全く問題は無い。
洞窟の奥は広くなっていた。大きなドーム状の形をしたその場所は、少し下れば満々と水を湛えている。高さは2,30mでは収まりそうも無い。奥はどこまであるのか灯りが届かないのでよく見えない。この先はどうなっているのか判らないが、きっとダムに沈んだ洞窟に繋がっているのだろう。ようやく水面近くまで辿り着いた。
水面は、光が照らしても昏く水底は見えない。何となくタールか何かが詰まっているようなそんな感じがして、思わず一歩後ろに下がってしまった。
「ここだ」
酒呑が言う。こくりと頷いて、カバンから如意樹の種子を取り出す。どこに植えようかと思っていると、スルっと手が滑って種子が落ち、コロコロと転がってあっと言う間に水の中に、ポシャン。
「あっ」
慌てたが、真っ暗な水の中に拾いには行きたくない。しかも瘴気を含んだ水でもある。俺は溜息を一つ。種子はまだある。酒呑に確認して少しでも瘴気の強い場所に植えようと思い直した時だ。
ボコッ、ボコボコ、水の中から音がしてきた。
瘴気に当てられた水の中から、妖物の出現か。酒呑と俺は身構えた。
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