第48話 洞窟へ
如意樹が実を付けたのは、1月も終わる頃。そう酒呑が報告をしてきた。
俺達はあの山の斜面に来ている。今回も4人で来ている。積雪もそれなりに残っているが、天気が良いので来るのには問題はなかった。
前に見たときは10m程だった如意樹は、もっと大きくなっていた。不思議なことに周囲の樹木は如意樹の広がりに対して、その林冠を融通しているように見える。如意樹は他の樹から飛び抜けるほどは大きくなる気はないらしい。洞窟の部分は根や幹にすっかり塞がれていて、どこにあったのか判らない。
周囲にあった積雪だが、如意樹の周囲には雪はなかった。青々として葉が風に揺れ、その場所だけ雰囲気はまるで春のようだ。
「如意樹は、瘴気が強ければ強いほど花を咲かせ、実を成らせると言われていた。この樹は絶えて久しく、他に仲間がいないのでこの辺の瘴気を吸収し放題いなのかもしれんな」
酒呑が樹を見上げながら言う。その口角は上がっている。まだ咲いている花も、蕾もある。これからも花が咲き続け、実をつけるのだろうか。
さて、これほどまで大きくなった樹から実が成ったらどうやって採取しよう、そう考えながら俺が如意樹に近づくと、バラバラと幾つもの実が落ちてきた。拳大ぐらいの大きいだろうか。
「ほう、お前を散布者と認めたようだ」
落ちてきたのはいずれも十分に熟した実だ。祖父ちゃんや菰野さんが近づいても実が落ちてくることなどはなかった。
「酒呑、今更だけど聞いて良いか」
実を拾いながら、酒呑に問うてみた。拾った実は全部で十五コ。試しに一つを剥いてみると、皮は厚く果肉は薄そうだ。でも、箱庭のものよりも遙かに大きな黒い種子だ。
「如意樹が瘴気を吸うのならば、なぜ洞窟があり続けていたんだ」
「簡単な事よ、瘴気が常に発生し続けているのだろう。それに昔にあった如意樹もさほど多くあったわけでもない」
それから、拾い集めた如意樹の実を入れた袋を見ながら言う。
「如意樹の親木が、周囲に無くとも生える場合があるという話をしたな。そうしたこともあるにはある。だがな、如意樹は瘴気が全く無い場所では見ることはない」
箱庭にある如意樹は、それほど大きくは無い。高さは10mもないし、幹も細い。花は付けているが熟した実は今のところここに植えたあの1つだけだ。瘴気がない場所では成長するのにも限度があるのかもしれないと思っていたが。
箱庭で生長できたのは、もしかしたら箱庭の魔力でも吸収しているからだろうか。魔力でも、育つのか。
今度、妖物を狩ったら箱庭の如意樹の根元に持って行ってみようかとふと思った。妖物を肥料にしたらもう少し育つかな。ああ、でも周囲の植物に悪影響があるかも。駄目かな。
「如意樹がいつ頃からあったのかは知らん。しかし、それほど多くあった樹ではなかったのは確かだ。いつの頃からかこいつが瘴気を吸うことが判り、彼方此方に植えられるようになった時代はあったようだがな。
だがそれは、それほど大昔の話ではなかったはずだ。こいつにはおかしな噂がでてきてな。願い事が叶う樹だとかいう奴だ」
そうして、如意樹は失われてしまったのだと酒呑は締めくくる。
引っ掛かるものは感じるが、これからどうするかを考えなければならない。それからもう一つ、酒呑に聞いてみる。
「なあ、知っていたら教えてくれ。如意樹は光がなくとも問題はないのか」
「さあ、知らぬ。だが、樹であろう」
それでも、やってみれば判るだろうと俺は腹を括ることにした。
まずは、酒呑に道案内を頼むところからだろう。どれだけの報酬を用意すれば、動くかは交渉次第かも知れない。契約はこの村に関する事のはずだから、それ以外をお願いするのには対価を用意すべきと思っている。
水面は薄暗い色をしている。森林の中から覗くその水面を眺めながら、酒呑は歩を進める。その後ろを俺は着いていく。道行きは言葉を交わすことなく、ただひたすら道なき道を歩いて行く。せっかく隠遁をかけてもらっていて、話をしたら意味が無いものな。
まだ雪が残っているせいだろう。夏場を思えば歩きやすいかもしれない。
ある地点にくるとピタリと酒呑が止まり、こちらの方を向く。
「ここから、入るぞ」
どうやら、酒呑はこちらの望む場所を見つけたようだ。
「ダムに沈んだ洞窟に行きたい ? 」
そうだと頷く。
「洞窟は出口が一つではないのだろう。幾つか別の場所にも繋がっていると聞いた。それが本当ならばそうした場所からダムの洞窟の奥に繋がる場所もあるんじゃないのか」
俺の言葉を受けて、酒呑の口角が上がる。
「お主は、洞窟の奥へと入る気があると言うことか」
「今回ばかりは、仕方ないだろう」
息を一つ吐くと、俺は続けた。
「積極的に行きたいわけじゃ無い。でも、ダムの洞窟を放っておくことは、俺の両親や兄にも悪影響があるかもしれない。俺の友人達にもだ。回り回って自分の身にも降り注ぐかも知れない。自分に出来そうな事があるのならば、仕方ないだろう」
俺を眺めながら、酒呑はしばし考えている風でもあった。
「良かろう。
ニヤリっと音がするかと思うぐらいのいい笑顔を浮かべた。
その後のやり取りで、今回の案内には日本酒1斗樽を2つ、獅子二頭分の肉で手を打った。後は俺の血、二勺。
そして、このダムの湖畔に来た。登山道から外れた山の中で酒呑が見つけたのは人一人がやっと通れるぐらいの穴だった。緩やかに下に続いていそうだ。
「妖物は、出てきそうか」
「うむ。それなりにはいるかもしれん。ここは古いもののようだな。現在は水に瘴気が溶け込んでいくので、あまりこちらのほうに瘴気が流れてきていないのかもしれぬ。さすれば数はさほど出ないかも知れぬ。お主はできるだけ結界を張っおけ」
酒呑と二人、洞窟の中へと入っていく。
「光よ」
俺の言葉を受けて、洞窟内はそれなりに明るく照らされる。光の届かない奥は底が知れない。
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