第45話


「これを植えたい」

俺は一同に対してそう言った。それから首を傾げる一行に対して説明する。


「これは、瘴気を栄養にして育つ木だと聞いている。そうならば、この洞窟からの瘴気を吸収して大きく育つはずだ。

それで大きく育つと周囲を浄化するという話だ。上手くいけば洞窟を完全に封入することができるのかもしれない。あるいは妖物を減らせるかもしれない」


 酒呑が洞窟を塞ぐといっても、根本を経つことにはならない。放出する場所に存在する妖物を撤去して蓋をするだけであり、洞窟の最奥に位置すると考えられる瘴気溜りまでは無くせない。


「どうやって植えるんだ」

「入り口に埋めるだけで十分だと思う。もっと奥の方の方が良いかもしれないけど」



ニヤリっと酒呑が嗤う。

「では、奥の方に行ってみるか。案内あないするぞ」

そんな挑発に俺はのらないし、酒呑ものるとは思ってもいないだろう。


洞窟から離れた場所に祖父ちゃん達を残し、洞窟の入り口付近へ一人進む。勿論、自分の周りには結界を張ってある。それから洞窟の入り口に結界を張った。自分が作業しているときに、大ムカデなどが外へ出てこられない為にだ。

このために持ってきていた移植ごてで10㎝に満たない穴を掘り、種子を入れて水筒の水を掛ける。それから土をかぶせて祖父ちゃん達の所へと戻った。


「上手くいけば、直ぐに芽が出ると思う」

「では、また三日後ぐらいに様子を見に来るか」

祖父ちゃんがそう言う。

「そうだね」

と同意し、三日後にまた再びここに来ることを決めた。



 三日後。

「えーっと、あそこ、でしたよね」

菰野さんは確かめるように、こちらを見てそう言った。俺と祖父ちゃんも同じく戸惑っていた。


 今日は俺と酒呑、祖父ちゃん、それから菰野さんの四人だ。一応洞窟の穴は結界によって閉じたままにしておいたのは、あの種子の芽が踏み荒らされない為だった。あれから大ムカデの出没もあまりないと聞いているので、俺の結界は効いているのだろう。


 人数が少なくても、問題ないと三人で行くつもりだったのだけど、菰野さんも行きたいと言う話になって、四人になった。

それで、先程の菰野さんの台詞だ。

なぜ戸惑ったのかと言えば、洞窟の前には、高さ2メトール程ある木が生えている。3日前にはこんなのは生えていなかった。


「ああ、あの木で間違いはないんだが」

俺も戸惑ってしまう。こんな事は予想もしていなかった。だって、箱庭でこの樹が成長してく様を見ていたけど、もっとゆっくりと大きくなっていった。三日ってなんだ、三日って。

「えらく成長が早いな」

そうは言ったが、祖父ちゃんも困惑しているのだろう。



 唖然とする3人を気にすることなく、酒呑は楽しそうだ。

「ちょっと、中見てきたい」

 酒吞がワクワクした表情で、そう言うので俺は結界を解いた。

 しばらくして、洞窟に入った酒吞は干乾びた大ムカデの遺骸を肩にかけて出てきた。


「おうおう、洞窟ん中の妖物はこんなんなったモンばかりだ。手前の方は瘴気が枯れておる。奥からにじみ出してはいるがな」


 洞窟を塞がず結界も張らずに、様子見をすることにした。一週間に一度様子を見に行ったのだが、行くたびに木は成長していて、1ヶ月経った今では洞窟の半分を完全に根が塞いでいる。


どうも樹木が高くなるだけでなく、主幹の部分もそれに見合って太くなっている。穴側に成長しているのか根を洞窟に伸ばして穴半分ぐらいを塞いだような感じた。樹高は10m位になっているが、まだ林冠には届いていない。ちょっとアンバランスな樹形な気がする。なんかガジュマルみたいな感じかな。


 季節は冬。もうすぐ12月だ。周囲の木々は葉を落としている。それなのに新緑の色を湛えて青々と葉を茂らせている。

「瘴気だけでこれだけ大きくなるなら。光合成、必要ないのかな」

思わずポツリと呟いた。

「それならば、穴に放り込んでも成長するんじゃないか」

祖父ちゃんがそう口にする。


「他の洞窟で試してみますか」

今日も同行を申し出てきた菰野さんが提案する。今のところ、この樹の生長過程についてはここを訪れた関係者間の秘密になっている。

「うん。試したいけど、種子はもう無いんだ。また種子を手に入れたら試してみよう」


大きく育ったその樹木には、よく見ると蕾がついている。しばらく樹木を見ていた酒呑が気が付いたかのように言う。


「おう、今更ながらに思い出したぞ。この姿形。迅、この樹は如意樹だな。もう随分とお目に掛かっていなかったが」


酒呑は如意樹を知っていたことに驚き、俺は思わず尋ねた。

「おう。昔は割と彼方此方あっちこっちにあったんだが。なんでもこの樹で仏像を彫って願うと願い事が叶うとか色々な噂が流れてな。その多くが切り倒されてしまったはずだ。ここ百数十年は見たことがない。もともとそれほど多くはなかったようだしな」


 如意樹が育ちきった場所はすでに瘴気が払われていて、危険はない。だから人々が如意樹を求めて多くを切り倒していったという。

花や種子は万病の薬になるとも言われ収穫された。これによって如意樹は尽きたという。


「そう言えば、如意樹って聞いたことがある。確か願をかけるとどんな望みでも叶えてくれる力があるって」

菰野さんがそう言うと。


「そんな力なぞあるものか。如意樹は瘴気を取り込んで成長するだけだ。一体誰が言い出したのか。そのせいで如意樹は尽きたと言われておる」

面白くもなさそうに酒呑がそう返す。何か作為的なモノを感じなくもない。


「しかし、酒呑が言うような昔の話だったら、この樹と如意樹を結びつけるような奴はいないんじゃないのか。別の名前で広めれば、あるいは」

「いや、この樹のことをよく知る奴がいるよ」

俺はやれやれという感じで口にした。アレさえいなければ、祖父ちゃんが言うように別の名前にしてしまうというのも手ではあっただろう。

アレは本当に厄災の様だ。


「それでも別の名前で通してみませんか。似ていても効能が違うのだから別物だという様にして」

菰野さんが腕を組んで色々と思案しているように見える。

「それはそうだが。それとは別に失われた如意樹がなぜここにあるのかという話になりはしないか」


「まあ、酒呑が種子を持っていたという話でもいいんじゃないか」

脳天気に祖父は笑って言う。魔の物は、時折そんな物をもたらすこともある事は、皆が知っていることでもある。だが、それでもアレがやって来る口実になりそうで、俺はちょっと渋る。


取りあえずは種子はもう無い事もあり、この樹のことは当分は口外しない事にして、その日は戻る事に。

これから年末年始を迎えるのに何かと気ぜわしい。こんな山の中に誰か来るわけもないだろう。


「ま、お正月が過ぎたら考えましょう」

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