第44話 大ムカデ
祖父ちゃんが言っていた珍しいものというのは、この辺では見ないデカいムカデだった。
全長で2mはあろうかという大ムカデは全身が黒く頭だけが赤い。一度に数匹の群れで出現してくる。甲殻が堅いので、節と節の間を上手く貫かなければならず、魔法ですら漫然としたものでは効かないのだそうだ。ピンポイントの攻撃ですね、ムシ系はそういうの多いよねえと昔を思い出す。
俺自身は戦闘は殆どしなかったけど、人が戦うのはよく見ていた。外骨格の部分だと刀も矢も弾くんだよな。神来は馬鹿力なのかなんなのかスパッと切れていたけど、あいつだけだからと周囲の人間が言っていた。
予め話を知っていたんだろうか。菰野さん達は細く長い銀色に輝く30センチぐらいの長さがある針を用意していて、それらを投擲していった。なんでも針は魔力で威力を増しているのだそうだ。間接の部分を上手く仕留めないと、針は弾かれてしまうとか説明されて、どこでも同じなんだと思った。俺も一応一本だけ貰った。
柳原さんは元々クナイを使っているせいか、大ムカデをビシバシ地面や樹木に縫い付けていく。ちゃんと針を頭と胴体の間の関節にも突き刺さしていく。一撃を食らっても、頭落としてもしばらくはモゾモゾと動いているのだが。ああ、それが邪魔で縫い付けて動きを止めてるのかな。
すごいね、皆さん、吐き出される毒液を当たらないように避けまくっている。普通のムカデは毒吐くって聞かないよなぁ、デカくなると違うんだ。
祖父ちゃんは鎌鼬のような風を操り、関節を切り裂きスパンっと首が飛ぶ。毒液を拭きかけられたら、凍らせてたたき落としていた。
酒呑は大ムカデをむんずとつかみ取り、力任せにねじ切っていく。いたってシンプル。
俺はちょっと離れて、自分の周囲には結界を張って眺めている。俺の結界は、動くものには張れない。だから、じっと同じ場所で立っている。
ギチッギチッギチッ、脇からそんな鳴き声がしたかと思うと大ムカデの一匹が俺の方へ向けて、何かを吐いた。ピッシャっとそれは結界に阻まれて、当たることなく下に流れていく。その溶液を受けた下生えが黒く焦げたように変色していく。
「おー、コワー」
自分の毒液が効かないとみたのか、俺の事を締め付けにやって来る気になったらしい大ムカデだが、結界があるから俺に近寄れない。
それでもそれは諦めきれないのか結界に巻き付いてくる。俺は自分の周囲1mほどを囲む円筒形の結界にしたたんだが、その結界に巻き付いて絞め殺そうとしている大ムカデ。あれ、これ他のに比べてちょっとデカそう。結界は問題ないけど、邪魔だよね。
「ふむ」
さっき貰った針を取り出して、大ムカデの頭と胴体の関節部をウラから突き刺してみた。魔力を通すと良いって言われたので、そのまま針に魔力を通してみる。すると、大ムカデが身体をピクピク動かしたかと思ったら、バサリと落ちて動かなくなった。ずっと農作業などをしているせいだろうか。腕力などが上がっている気がする。何故なら、一発で差し貫けたからだ。
「針、凄く役に立ちますね」
一段落して俺が礼を言うと、菰野はちょっと苦笑いを浮かべている。
「いえ、お役に立ったようで何よりです」
「なんじゃ、お主。できるんならもっと積極的に仕留めい」
酒呑に文句を言われた。いや、俺のやり方見てただろう。積極的にどうやるんだよ。
「素手で突き刺せるんだ」
ポソッと猫山さんが苦笑していたけど。間接部は柔らかいって言ってたじゃないですか。ちゃんと関節部で刺してますから。
あれから何度か大ムカデの群れに遭遇した。
「大ムカデ、思いのほかいますね。洞窟を早いところ見つけて封鎖しないと、山の中はもとより、村の近くまで出てきそうだ」
「まあ、気合いを入れて間引きましょう」
大ムカデの排除と洞窟の発見とが今回の目的である。
大ムカデはこの辺での出現は今まで記録になかったそうだ。だが、西の方では稀に出現するので対処法などは伝わっている。銀色の針はそれで手に入れたそうだ。
また、外骨格は防具などにも使えるし、身体は薬としても利用されるという話だ。
「有用なら、俺が全部持って帰りましょう」
俺は箱庭で持って帰ることを提案した。酒呑と一緒に運び込んで箱庭の庭にまとめている。他の場所は嫌がっていると酒呑に言われたからだ。ちゃんと下にシートを敷いています。
有用だからというのもあるが、山の中にアレを放置したままで置くのが何故か嫌だなと感じたからなんだ。あの下草を変質させた溶液をもつ本体を放置したらどうなるのか、良いことはなさそうに思う。
結界を張った中で、昼食を食べながら色々と話をする。
あの溶液は、大ムカデの内臓に毒袋がありそこに溜められているという話だ。あの溶液は大蛇の妖物に良く効く毒なのだそうでそれなりに売れるらしい。
皆が基本的に頭と胴体の間の関節を狙っている理由の一つは、その毒袋を傷つけないためでもあるらしい。頭の関節部を落とすか、三番目の体節まで含めて落としていたのはそのためか。毒袋は二番目の体節の部分にあるそうだ。
毒袋を傷つけると、大ムカデは自分の毒で変質してしまって使い物にならなくなるからだとか。そのため解体にはコツがいるらしい。だから今回はそのままで持ち帰る。
「妖物もただ倒すだけじゃ駄目なんだな」
気にせずにねじ切って倒していく酒呑を思い出しながら、俺はそう口にした。酒呑にはあの毒も効かないのか、どこにも怪我がない。
「何を言う。始末できればそれでよかろう」
酒呑は全く悪びれない。まあ、それが酒呑だからなと皆何も言わない。
今回の酒呑が倒した獲物は、料理が出来ない獲物なので全て精をすってしまっている。初めて見たが、酒呑がねじ切った獲物は片端からボロボロに崩れていく。どちらにせよ、使い物にはならないから良いのかな。
肉巻きおにぎりは、沢山作ってきたが、皆さんには一人一つずつしか渡らなかった。酒呑は甘い物はあまり好きじゃないと言っていたが、オハギは別だったようだ。肉巻きおにぎり一つにつき、オハギを一つと交換していた。いや、作ったのも持ってきたのも俺だ ! と突っ込みたかったのだが、この集団では弁当の持ち主は酒呑だとでもいうように当たり前のようにそうなっている。解せない。
おかずに鶏の唐揚げや煮卵、ピーマンの肉詰め、コロッケをそれなりの量で用意したのだが、綺麗に無くなった。祖父ちゃんといい菰野さんといい、皆さん大食いだよなあと思わなくもない。
まるで導かれるかのように、酒呑を先頭にして皆が進んでいく。酒呑の後ろには菰野さん、次いで宍原さん、猫本さん、柳原さん、俺、最後尾は祖父ちゃんだ。
そうしてやってきた場所に、大きく空いた洞穴があった。正確には、山頂近くでゆるやかな斜面に、ポコッと1m程の穴が空いている。落とし穴みたいで、落ちたらムカデに絡まれるなんて、嫌な作りだな。
今は大ムカデなど周囲には見当たらない。だが、周囲には大ムカデが通ったであろう跡が残っている。
「さすが、酒呑様」
菰野さんが酒呑を称える。こうしたことに酒呑は鼻がきくのだろうか。それもあって祖父ちゃんが今回の仕事を引き受けたかな。頼めば俺がいなくても酒呑は付いていくようだし。
「それで、迅。お前がやりたいことっていうのは何だ」
俺はポケットから一つの種子を取り出した。大きさはアボガドの種子よりも一回りぐらい小さいサイズだろうか。
「コイツを植えたい」
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