第42話 小さな引っかかり


 翌日、御門は地域ネットワークに戻る事となった。一晩寝てすっきりしたそうだ。


「迅。君との約束があるし、諸々のことを考慮すれば、君のことは神来にも彼女にも話さない。安心してくれ。薬草の話もまだ色々と後から出てくるだろうから、その時は私がここに来る。何かあれば、連絡する。

それ以外にも、君とは話したいことがまだある。また、今度は遊びに来たい。いいかな」


「ああ、お前だけなら構わないぞ。アレが居なければ神来にも会いたいけどな。だが神来に会ったらOUTだろうから、あいつとはもう会うこともないだろう」


 そんな会話を交わし、御門は祖父の軽トラに乗って道の駅へ向かっていった。


 その地域ならではの職人などの情報は、基本的には公表しないことになっている。


地域ネットワークが相手でも、今回のような直接取引でなければならない限りは、その地域の代表者が間に立つ。


今回は公表されていない薬草絡みだった事で『コリ』が仲介に入り、直談判できる形にしたのだ。その『コリ』で逸郎さんを紹介する役割をしたのが俺という事になっている。


嘘ではない。だが、担当者という訳ではないので、俺の名前は公にはでない。


 何故俺に白羽の矢が立ったのかと言えば、祖父ちゃんを関与させるためだというのが、表の言い分。御門が直接俺んところに来ちゃったモノなので、後から形を整えたという感じなんだがな。


 それと、俺の作るお菓子についての情報は、一切渡していない。御門の事だ、もしかしたら俺が出したモノを食べたことで気が付いているかもしれないが、どちらもその件については口にしていない。俺の方からわざわざ話をすることはない。


 俺は、魔王討伐が終わった事で向こうの世界については終了していたコンテンツだと思っていた。


聖者なんて訳の分からないものはもう終わった事で、後は無事に戻れたのだから平凡な生活をと考えていたのだ。


だから、なんとなくだが御門にも神来にももう会わないものだと思っていた。

本当に平凡な生活を送っているかどうかは別にして。本当に、な。


「聖者の役割ねえ」

遠ざかっていく軽トラを見送りながら、ボソッと独り言を呟く。

「なんじゃい、それは」

後ろから声を掛けられた。酒呑だ。


振り向いてみると、ぬそっと酒呑が腕を組んで立っていた。

「よう、久しぶりだな。どうしてたんだ」


久々に見たその姿になんだが安心感を覚える。

「おう、奇妙な気配の客人がいるというので箱庭に止められておった。あれは何者ぞ」


酒呑はもう車影も見えない軽トラの去った方向を、訝しげに睨んでいる。

「奇妙な気配ね。俺の友人だ。前に話したろう。異世界に行った話を。あの時に一緒に呼ばれた奴だよ」

酒呑が何をそれほど気にしているのか見当が付かないが、答えておく。


「異世界のう。最初に来たときは胡散臭いというか変な感じがしていたらしいが。昨日戻ってから、気配が変わったらしいのう。あんなのが友人とは。お前も難儀よの」

眉を顰めて、なんとも言えない表情をする。

「なんだ、お前どこにいたんだ?全く気が付かなかったぞ」

酒呑の言い草に迅が突っ込む。

「箱庭には顔を出していたぞ。お前はアレを気にしたのか、昼間はまったく箱庭に近寄らなかったようだが。箱庭もアレが気に食わなかったようだ」


「箱庭はアイツのことを知っているんだがな。アイツ何かおかしかったのか。昨日帰ってきてプリンを食べたら治ったと言っていたが」

酒呑や箱庭が何を感じたのか気になったので聞いてみると、


「そうなのか。あれには、最初来たときには妙な気配がべったりとくっ付いていたと言っておった。それが昨日、お前が言うようにプリンを食べてからなのかの。妙な気配の方は消えてはいたとかなんとか。だが、まだ何かにまとわりつかれている雰囲気もあるな」


「俺に、その妙な気配っていうのは無かったのか ? 」

もしかして、異世界の異能の事か、とも思ったのでそう口にした。だが、異能がなくなったなんて話は無かったので、そんな事は無いと途中で気がついた。


「ん、お前のか。儂は知らん。そう言えば、箱庭が言っていたな。前に、妙なモノがお前に取り憑こうとしていた事があったと。だが、邪魔な奴と上手くくっ付いたので外へ放ったと」


ポンッと手を叩いて、そうそうという感じで軽く流された。

「何だそれ」

酒呑の話は、意味がよく分からない。詳しく聞こうかと思いはしたが多分説明はしてくれそうもない雰囲気だ。なぜなら。


「どうでもよいではないか。儂は腹が減っている。飯だ、飯だ」

酒呑は、相変わらずマイペースだ。

「わかったよ。じゃあ飯にしよう」




 なんだかんだ酒吞と会ったのが久々な気がした。濃い人物とやりあった後だからだろうか。


今日の献立は、漬け込んでおいた肉をステーキのように分厚く切って焼いたのと、だし巻き玉子、ナスの揚げ浸し、里芋のそぼろあんかけは肉たっぷりめ。それと沢庵と白菜の漬物。味噌汁はワカメとお麩だ。


相変わらず酒呑はよく食べる。御飯は丼だし、肉もあんなに分厚いのを5枚ぐらいペロリだ。野菜類はさほど食べないが、それでも一人前以上はしっかり平らげる。飯茶碗は丼だ。


正直、我が家のエンゲル係数は高いのでは、そう頭を過った迅であったが。


(いや、そうは言っても野菜や米、タマゴ、牛乳などはほぼ自前か。それ以外にも肉も一部自前だし。アレ?

うん、あれだな。酒呑が沢山食べても、別に問題は無い)


そう、酒吞は肉を狩ってくる。それに付随して金にもなっているしな。


「デザートは冷蔵庫に入れてあるから、適当に食べてくれ。食べ終わった食器は流しにまとめてくれればいいからな。

じゃ、俺は畑に行ってくるから」


ズラッと並べるだけ並べて声を掛ける。

「おう」

早速、料理に箸をつけながら応える酒吞。美味そうに嬉しそうにしている酒吞にほのぼのしながら、畑に向う。

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