第41話

「迅、最初に君に会ったとき、君の存在はとても私にとっては不思議だったんだ。他の人間とは違い、その存在が薄いわけではないんだが、感じにくかった。上手くは言えないんだが。今になって思えば、それは封印のせいだったのかもしれない」

御門はちょっと眉を八の字にして、情けない顔をする。

「だから、君なら何か帳尻を合わせてくれると思ったのかもしれない」

あんまり今まで見たことの無いような、自信の無い顔をしている。


「なあ、迅。お前も含めて俺達の存在をどう思う ? 」

御門が言う。

「色んな事がチグハグな感じがしないか。

確からしい事は、私達を召喚した世界とこの世界はどうも関係している、というか何か繋がりがあるらしいっていう事だけ。

あちらで魔王が跋扈するとこちらの世界でも洞窟の瘴気が高まり、妖物の出現率が上がる。これは事実のようだがな」 


俺たちは静かに彼の話を聞いた。彼が考えながら話しているので、余計な口を挟まない方が良いと思ったからだ。


 御門の言葉は俺達に説明するために話をしているというよりは、自分の頭の中を整理しているようだ。


「実際に地域ネットワークに集められている情報でも、私達が召喚された前後あたりから妖物が全国的に徐々に増加した傾向がみられた。

また、歴代の召喚された人達の記録にも同様の事が書かれている。こうした記録は地域ネットワークの資料館でまとめられていて、それを確認した」


「どうしてそんな事が起こっているのか、それについては判っていない。あちらの世界にいた時もメイの時に調べていたが、わからなかった。

根拠はないが、あちら側の人々の主張は、勇者召喚は多分二つの世界でそれぞれに意味がある事。あちらの世界の魔王を討伐することで、こちらの世界での瘴気の力を弱める事にも寄与しているというものだ。

魔王が出現した余波でこちらの世界で妖物も増加する。魔王討伐に時間が掛かればかかるほどその量は大きくなるとか。自分達の世界で増えた妖物を始末するために、召喚された者は再び元の世界へ戻る。それは、ずっと繰り返されてきたのだと考えられている」


御門はそこまで言って、お茶菓子に出てきたメレンゲクッキーを口にして、お茶を飲む。口の中でホワッと溶けてなくなる食感に、少し和んだような表情をして。


それから言葉を探すかのように、ちょっと上を見上げる。良く考える時にメイも、アキラもしていた仕草だ。ちょっとした仕草に三人は一人なのだと思った。


「そうだな。私達がこの世界に戻される時に、聞かされた声は『自分達の世界に戻って妖物と魔に関連するモノを退治するように』と指示だ。その声は聖女にも聞こえたようで。そして、聖女はその声を神の声だと主張している」


 祖父ちゃんは、おやっとしたような表情で俺を見る。目があった俺は首を振る。そんな声なんて、俺は聞いたことなんかない。


「二つの世界に選ばれた必要な戦力だと言われているのに、私の人格はあちらに召喚されて二つに分かれてしまった。そのためだったのか、統合的な判断が上手くいっていなかった。だから、辻褄を聖者で合わせようとしてしまった。それに迅の力も多分封印があるから、聖女に流れていった。

まあ、こちらはイレギュラーではあるだろうけど。勇者の神来も力を振るうのに躊躇いがない。戦うときには恐れとかそういったモノが欠如しているように思える。そのためか短慮だ。あの性格は本当に神来のものなんだろうか」


まるで万全に力を振るえないように、セーブされているように感じるのだと。


「メイであった時、不思議で仕方なかった。自分の役割は補助で、勇者の役割は魔王の討伐、では聖者の役割は ? だって、彼の地にはがいたんだ」


 実はアキラの方が主導権を握っていて、こちらに戻ってきてからはメイになる機会が少なかったそうだ。だが、それでも機会を見ては資料を探した。


 地域ネットワークには、かつての勇者一行の資料や手記、日記などが集められて、対策等に充てられている。だが、資料を読みこなしても聖者の役割は漠然としたままだった。聖者としての特異的な仕事は見当たらなかった。


 アキラは考える事があまり得意でない存在ではなかったのではないかと思う、そう御門が言う。


だから異世界にいた時に、早々に聖者の役割については決めつけていた。自分の解析のズレを修正してくれる立場だと。そして、そうする事で全ては上手く運んでいたのも事実だ。


「まだ、色んなことがはっきりとはしていない、迅を戻した存在と私達に呼びかけた存在は同じなのか、違うのか」


御門は何かを考え込んでいるようだ。しばらく沈黙が続く。

お菓子を食べる音と、お茶を飲む音だけになる。


俺はひょいっと立ち上がり、台所へ向った。お茶のお代わりをと思ったのだ。


「何故、私達はこんなにもポンコツなんだろうね」

ふふっと笑った御門は、ちょっと怖かった。


 言われてみれば、聖者の存在意義はよく判らない。そんなことを考えながら、お茶の支度をしようとしていたのだが。そこでふと気が付いた。

(あれ、何故アレがこちらの世界へ来ることになったんだろう)


こちらへ戻ってくるのは召喚された者三名のはずだろう。それならば、なぜあちらの世界の聖女がこちらへ来る必要があったのだろうか。


居なくなった俺の穴を埋める帳尻合わせ ? ふとそんな言葉が浮かんだが、そんなことはあるまいと否定した。どんな形であれ、アレと関連づけられるのはなんか嫌だ。


 そう思っても、気になってきた。でも、気にしたら負けな気もする。なんといっても俺にとって最も鬼門な存在はアレなのだから。


まさか、こちらに来るとは思ってもいなかったのだ。アレのことを考えると頭痛がして溜息がでてくる。


 急須の茶葉を替え、お茶菓子にお煎餅を持って居間に戻る。

時刻を見ると、午後三時になっている。


「全く関係のない話だが。この後は、どうする ? 」

お茶を淹れながら、迅が尋ねると御門は、思案顔になった。


「まあ、取りあえずは晩飯何かリクエストがあるか。さっきはハンバーグ希望だったようだが」


それを聞いた御門はちょっと固まって、耳が真っ赤になった。よし、お前の分は旗を立ててお子様ランチ様式にしてやろう。オムライスも付けるか ?


多分、今から帰っても仕事としては問題はないだろう。逸郎さんとの打ち合わせはしたことだし、この後は地域ネットワーク方での話が必要になるだろう。


 だが、時間にゆとりがあるならばもう一晩泊まったほうがいいのじゃないかと思ったのだ。人格がもとに戻ったばかりなのだから。ここで落ち着けるかどうかは判らないが。


「そうだな。もう一晩ぐらい酒飲みに付き合ってもらおうか。迅はそんなに飲まないんだ」

祖父ちゃんはニコニコしている。これは本気で飲みたいだけだろう。


 俺は決して酒が弱いわけではないんだ。だけど、祖父ちゃんはウワバミというよりは、ワクだ。どんなに飲んでも二日酔いなど見たこともない。そこまでは付き合えん。そして、御門も同類だった。夕べそれが判明した。


「それでは、お言葉に甘えてありがたく」

と言うことで、聖者の話はそのままで終わってしまった。


そうだよな、こんなところでだらだらと思いつきで話すよりも、自分一人で落ち着いて情報などを整理して考えた方が良いだろう。でも、何か判ったら、教えてくれ。

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