第39話 通りモノ
その後は、新しく植えた苗の話や薬草で使う部位の採取の仕方などについての話題に流れた。御門は薬草に興味はないと思っていたのだが、逸郎さんの栽培の話などを熱心に質問したりもしている。
そうやって畑で話をしていると、雑貨屋に行っていた祖父ちゃんが戻ってきた。
「なんだお前ら、まだこんなとこにいたのか」
少しばかりあきれたように、声を掛けられた。そういえば、具体的な仕事の取引などの話は全然進んでいない。
「そうだな。茶の一杯も出さんとは申し訳ない。大体見て回っただろうから、家の方へどうぞ」
逸郎さんがそういって、自宅へ招いてくれようとした時に突然御門が言い出した。
「いえ、迅の家で話をしませんか。その方が良いです」
逸郎さんをはじめ、ちょっと皆驚いた。目の前にある家じゃなくて、車に乗って態々何で俺の家までもどらにゃあかんのだ。だが、こいつはそういう奴でもある。突飛でもない事をする。それが良い方向に転ぶときは確かに多いのだが、初対面の仕事相手にコレは無い。
「御門、何を言い出すんだ。失礼だろう」
「ええ、もう帰ろう。僕は今晩はハンバーグが食べたい」
駄々をこねるように俺にまとわりつく。なんだろう、こいつは。俺が慌てて逸郎さんに謝ろうとすると祖父ちゃんがポソリと呟いた。
「あー、そう言えば道の駅からウチまで歩いてきたっていってたな」
それを聞いた逸郎さんが一つ頷く。
「じゃあ、幾さん。申し訳ないがお邪魔して構わんかね。そっちの方がいいだろう」
逸郎さんは一旦家へ戻り、奥さんに一言言付けをしてから迅の家へ来ることになった。帰りは逸郎さんの軽トラ助手席に載せて貰う。
「すみません。あいつ、一体急にどうしたんだか」
「いや、大丈夫だよ。多分、通りモノにでも当たったんだろう」
逸郎さんは運転しながら、別段腹を立てている様子でも無い。
「通りモノ、ですか」
「ああ、村ではそう呼んでる。そいつに当たるとしばらくしてからおかしな行動をするようになる。話が取り留めなくなったり、村を走り回ったり奇行が目立つようになる」
そんなモノの存在は、聞いていない。
「うわ、そんなのがいるんですか。嫌だな」
思わずそう呻く。
「まあ、何か魔除けを施せば簡単に取れるさ。魔そのものじゃないからな、影響を受けただけだから大したことは無い」
「いや、でもあいつ昨日クッキー、食わせたんだけど」
魔除けならば、クッキーでもいいのじゃなかろうか。通りモノじゃなくて、本当に我が儘だったらどうしよう。
「ああ、クッキーだと弱いかな。当たる場合はどうにも質が違うみたいでね。でも、昨日当たったのが今頃出てきたっていうのは遅延には役立ったのかもしれないな」
対応に違いがあるんだ、と思う。自分で作っていてあまりその効能については自覚していないのも良くないかもしれないと改めて感じた。まあ、周りは祖母ちゃんの作った物でよく知っているのだろう。
「多分、大丈夫さ。そんなに心配しなくても。幾さんが手を打つさ」
車の運転をしながら、逸郎さんがそう言って笑う。俺が黙って考え込んでしまったのを、御門と知り合いだから心配しているのだろうと思ったのだろう。取りあえず、話を合わせておく。
「そうですね。あいつも頑丈ですから」
アキラは行きと同じく祖父の軽トラに乗っている。前に行く軽トラの助手席をちょっと気にして見やる。
「ところで、彼、地域ネットワークから来たんだよね。迅君の知り合いなんだろうけど、大丈夫なのかい」
「えっと、大丈夫というのは」
「地域ネットワークで君のことを知っている人間がいて大丈夫なのかってことだよ。君との関係にもよるだろうけど」
「あいつは、箱庭を手にした時に知り合ったんです。ちょっと変な奴ですけどね、その点に関しては信用はできます」
それを聞いて、取りあえずは逸郎さんは納得してくれたようでもある。
「地域ネットワークに勤めているんなら、彼もどこかの里の出身なのかな」
「そういえば、西の方だと言ってましたね」
「そうか、菰野にちょっとだけ雰囲気が似てるねえ。同系統なのかもしれんな。西には多いとも聞くしな」
突然、逸郎さんは何を言い出したのか ? と訝しむと、
「ああ。菰野と同じく狐の系統なんじゃないのかなあと思っただけだよ」
「狐系 ? 」
「魔の物で、そういう系列があるんだ。化けるだろ、狐とか狸とか」
「はあ」
話に頭がついてっていない俺に、逸郎さんはふふっと笑う。
「ああ、君はあんまりこういう話を知らないのか。昔話に出てくるようなモノは、魔の物の系列でもあるんだよ」
言われて見れば、獅子もぬっぺふほふもそういうモノだと聞いた。そうすると酒呑は酒呑童子かなんかと関係があるんだろうか。
だが、角を見たことは無い。変化するのかな。埒もないことを考えている内に、家に着いた。
アキラは祖父と二人で話をして、少し落ち着いたように見える。俺が台所でお茶の用意をしようとしていると、祖父が顔をだす。
「迅、プリン出せ。あれが一番簡単だろう」
冷蔵庫には作り置きのプリンがある。このプリンは箱庭産の牛乳とタマゴで作った特別製のやつだ。祖父が食べたがるので、冷蔵庫に常備を心がけているのだ。
「先にお茶でもどうぞ。プリンもありますので」
そう言って、座卓に並べると御門が目をキラッキラさせてプリンと俺を見つめる。何か子供みたいだ。
「いただきま~す」
とスプーンで一口。祖父ちゃんと逸郎さんが苦笑いている。口に一口いれると、ちょっと驚いた風になりそのまま御門は夢中になってプリンを平らげる。
ふうっと息を吐くと、はっとしたような表情をした。
「お騒がせしました。大変お恥ずかしいところをお見せしました」
がばっと御門が土下座をして、落ち着いた声でそう言う。先程とは雰囲気が変わった。憑き物が落ちたってこういうことをいうのかな、そんなことが頭を過った。
「大丈夫です。頭を上げてください。通りモノに当たっただけなんだろうから」
逸郎さんが優しく御門に声を掛け、御門はゆっくりと頭を上げる。ふと、御門と目が合ったのだが、なにか彼に違和感を感じだ。
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