第37話


 明日、御門ともう一度薬草の話をするのであれば、箱庭を先に確認しておいた方がよかろうと、俺は自分の部屋から箱庭に入る。


箱庭の家の奥にある夜の薬草園へと足を向けた。箱庭は外と時間が合わせてあるのか、夜には夜になる。だが、煌々と照らす満月のお陰で多少は暗いが問題は無い。それに。


「光よ」

細かくチェックするにはやはり光はいる。灯りを出すと周囲が昼間のように明るくなる。

魔法で出した灯りを見ながら、そう言えばと昼間の話を思い出す。聖女に自分の力が持っていかれていたという話だ。


御門と話したように、アレに俺の力が吸収されきったのならば、名実ともに聖者は彼女なんじゃあるまいか。


それは大変めでたい。俺はここでほのぼのと暮らしていけば良いってことなんだから。ちょっと気分が上向いた。


御門の言う『神の声』とやら言うへんな声が語りかけてこなかったっていうのも、そのせいなんじゃないのか。


ただ、なんで俺だけ先に帰れたのかは知らないが。でも、生活魔法なんかはそのまま使えてる。生活魔法は、あちらで覚えたけど、魔力が元々あったからってことか。


封印されてなければ、もっと前から、この地で生活するようになってたのかもしれない。力があるってことだからな。


そんな事を考えながら、話をしていた薬草がどのくらいあるのかを確認していく。


一応、逸郎さんの薬草畑にはこの場所にある薬草の苗は全て渡してある。だが指定された薬草の数は多くないだろう。


あれらは栽培が難しいと聞いている。足りない分は今までに収納してある分を提供すれば、ある程度は都合がつくだろうか。実験する事を考えれば、量はそれなりに必要だろう。


 御門に下ろす薬草の窓口は、逸郎さん経由で大丈夫だろう。薬関係は逸郎さんが引き受けてくれることになっているのだから。


アレがこちらにいると知った今、複雑だが御門や神来とあまり関わり合いになりたく無い。アレのせいで俺は少々女性不信の気があるんだ。若い女の子はどうにも苦手になったんだよ。更紗さんとか美貴代さんみたいにそれなりに年上の人なら大丈夫だけど。


ああ、でも押し負けてる気が、しないでもないけど……。


 一番奥まったところまでくると林になっており、少し中に入った場所に如意樹がある。よくよく見ると小さな実をつけているようだ。


この世界の伝説では、如意樹は願った物をなんでも出してくれるとか、願いが叶うとか言われている。だが、薬師のお師匠がこの苗木をくれた時に言われた効能にはそんなものはなかった。


 なんでアレは、如意樹の話なんてしたんだろう。

必要以上の話を口にしてしまうのは、よろしくない。どうにも迂闊すぎる。まあ、純粋培養の聖女様とあってそういうところは無頓着なのだろうか。ふざけるなと言いたい。


 アレのせいで自分が異世界帰りで箱庭の持ち主だなんてことが余所に知られたら、この如意樹を求めてつけ回されるかも知れない。


他の薬草にしたって、そうだ。今回は逸郎さんが栽培を成功させているので、昔からこの地域で栽培されていた薬草なのだという風に話を持っていけそうだけど。


 御門あたりに上手く立ち回ってくれるのを期待しとこうと、如意樹を見上げた。

何の気なしに手を伸ばすと、コロンと手の中に如意樹の実が落ちる。その実を手にして、一つ思いついた。



 箱庭から出ると、部屋には祖父ちゃんが待っていた。

「じーちゃんどうしたんだ ? 」

「お前、御門くんはどういう関係だ。知り合ったのは、大学とかじゃないよな」


客間は少し離れているので、ここで話をしても向こうには聞こえない。

だから、ここに来たんだろう。風呂上がりのようで、風呂が空いたのを知らせに来た風を装ってもいるのか。


「御門は一緒に異世界に呼ばれた三人のうちの一人だよ」

苦笑いをしながら話をした。


アレの話は避けて、彼がダムの件で薬草を求めてきた事を説明する。御門には薬草の件で逸郎さんに会わせる必要があるし、話も色々と合わせないといけない。取りあえずはアレの件は置いておこう。


祖父ちゃんにはキチンと話をしようとは思っていたが、何やら楽しそうに飲んでいたので、言い出す切っ掛けがなかったのだと添えて。


「じゃあ、彼は現在は地域ネットワークの所属なのか」

祖父がそう独り言た。迅はその名前を初めて耳にした。


「じいちゃん、知ってるのか」

そんな名前なんだと思いつつ聞く。

「ああ。『コリ』が色々取引しているぞ。確か出資者の一つじゃなかったかな。

彼が獅子の事を知っていたのは、それでか。この所、獅子の肉と毛皮を下ろしているからな」

成る程、と頷く。


「洞窟がある里では基本はその地域で対応しているんだが、横の繋がりを持とうとずいぶん昔に作られたのが地域ネットワークだそうだ」


 祖父ちゃんが言うには、今は地域ネットワークという組織名にしているが、時代によって色々な表看板を付けているという。日本に点在する洞窟を有する地域の情報交換や物資のやり取りを始めとした仲介などをしているという。


「ほら、前にプリンの納品の話を持ってきただろう。その場所だけでは手に負えないような案件についての対応もしていると聞いている」


「ちゃんとしたトコロなんだ。なんか安心した。帰ってきて早々変なところに引っ掛かったのかとも思ったから」


へらっと笑って俺が言うと、ふっと祖父が笑う。

「お前、なんだかんだと文句ばかりを彼に並べていたが、友人ではあるんだな」


「どちらかと言えば、腐れ縁かな~。

でも、アキラはいい加減なところがあるんだよ。それでいて、人のことを見透かすみたいなところがあるから、ちょっと苦手なんだ。

確かに故意に相手を嵌める奴では無いけど、ハズレを引かされることが多かったんだ」


 右と左、どちらの道に進むかをアキラが決めると必ず迅にとっては厄介事のある方に導かれる。この宿屋は大丈夫だ、自分を信用しろとまで言われて泊まった宿屋で俺だけ荷物を盗まれそうになるなんてこともあった。


 悪意ではなく、何も考えていない行動で周りに、主に迅にトラブルを巻き起こす。ただそれは、取るに足りない小さな事で。


それでも、本当に故意では無いんだな、と念を押したくなるほどには。ハズレを引くといってもそれほどひどい目に遭ったわけでもない。


 だが魔王討伐の旅の間、だいたいババを引いたのは俺なんだが、それが何故か一行レベルで見ると、良い縁に繋がることが多かった。最終的には俺自身にも良い結果をもたらすものも結構あったし。


荷物を盗まれそうになった時は、そのせいでしばらくその町に滞在する事になり、砂嵐に巻き込まれずにすんだとか。


「ああ、それからあいつ、人格が変わるんだ。俺が知っているのは二人だけど。記憶は共通しているからどちらと話をしても、話は通じる。性格が変わるだけで基本的には問題はないから。どうも、任意で替えられるみたいだけどな。外面はいいから、祖父ちゃんには一人に見えるかも。

因みに祖父ちゃんと一緒に飲んでいたのはアキラ、もう一人はメイっていうんだ。俺にとってたちが悪い方は、アキラだな。一応、前はそう呼び分けてた」


苦く笑う孫をみて、呆れたように祖父ちゃんに言われた。

「お前、異世界でも色々とあったんだな」

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