第36話


「なんだ、迅、お客さんか。ちゃんと中に入ってもらえよ」

祖父ちゃんが帰ってきたようだ。縁側で話をしてた二人をみて、そう声を掛けてきた。


「いや、こいつは……」

「ありがとうございます。ではお言葉に甘えてお邪魔します」


 細目になってニッコリ笑うと、御門は湯飲みとまだクッキーの残っている菓子櫃を持って図々しくも縁側から上がり込んでしまう。


「僕は、御門 明といいます。ちょっとこちらへ来る機会があって、迅君が住んでいると聞いたものですから」


 俺は仕方なく御門の靴をもって玄関に置きに行く。

居間に入ると祖父ちゃんと二人、居間でお喋りをしながらくつろいでいる。縁側においたままの自分の湯飲みや急須をもって台所にいき、新たに祖父ちゃん用の湯飲みなどを用意する。急須のお茶っ葉も替える。

(こうなると多分、夕飯は三人前だな)

新たなお茶とお菓子を用意しながら、そんな事を思う。


 御門にクッキーを出したのには訳がある。お茶菓子という意味合いではなく、クッキーには簡単な浄化作用が期待できるからだ。


御門がその組織とか神の声とかに誑かされているのならば、もしかしたら効くかも知れないと思っての事だった。


まあ、アレの話になってしまったのでそこら辺が変わったかどうかは判らないが。


それに、詐欺みたいに騙されているのならば意味ないしな。コリにも関係あると言うからには、大丈夫なのかもしれないが。心配なのは神の声ってやつかな。なんなんだよ、それ。


なんだかんだ言って気にはなっている。今度は菓子櫃には煎餅を入れていく。煎餅は祖父ちゃんが買ってきた物だ。レシピに煎餅はない。なぜ、追加したのかと言えば、御門の奴、いつの間にかクッキーを食い尽くしていたからだ。


「そうか、君は西の方の出なのか」

「はい。あちらの里の出なんですよ。こちらは獅子が多いと聞きました。内の方は今、売れるモンとしては大蜘蛛なんかが多いですね。あれの糸でできた布地を使った防具が人気ですねえ」


何か話が盛り上がっているな、と思いながら茶と煎餅を出す。

「お、ありがとう」


祖父は、こちらを向いて礼をいってくれる。煎餅も自分が好きなものだからか手に取って袋を開け、御門にも勧める。


「ああ、こっちの方には中々入ってこないけどな。西の方で殆ど売れてしまうと聞いている」

「お祖父様は、狩りをなさるんですか」


ぶっと「お祖父様」という台詞でまた飲んでた茶を吹き出しそうになったが、耐えた物言いたげな御門の視線は無視する。その単語には、祖父ちゃんもちょっと苦笑いだ。


「お祖父様はよしてくれ、なんか変な感じがするから。ああ、現役だよ」

祖父はボリボリと頭を掻いてそう言うと、それを聞いた御門はニコッと笑う。


「それでは、お名前を教えてもらってお名前で読んでもいいですか」

「いいよ、幾太郎だ」

「では、幾太郎さん。宜しければ、蜘蛛の糸を扱っている問屋を紹介しますよ」

「ホントか、それは嬉しいね」


祖父ちゃんと御門は大変楽しそうだ。先程までの陰鬱な話とちがって雰囲気も和やかだ。

「じいさん、気をつけろよ。そいつの方はよく話を盛るぞ」

ボソッと一言言うと、


「え、ひどいなあ。本当に僕はそこの問屋さんと知り合いなんだから。ちゃんと紹介するよ」


 えーっと唇をとがらせて、異議申し立てをする。小さな子がするのなら可愛いかもしれないが、二十歳をとうに過ぎた男がやる仕草じゃ無い。だのにこいつには違和感がないのが嫌だ。どうやら戻っているようだ。そう、アキラの時には何故か違和感がなくなるんだよ。何なんだろうね。


 二人のやり取りをニヤニヤしながら眺めていた祖父ちゃんは、思い出したようにいう。

「おう、そうだ。肉を貰ってきたから今晩は肉にしよう。冷蔵庫に入れといたから。御門君、腹一杯食っていってくれ」


「うわ~い。ご馳走になります」

「少しは遠慮しろ、お前」

俺が忌々しげに言っても全然気にしたそぶりも無い。嬉しそうな御門が業腹だが、仕方が無い。


夕飯は焼き肉になり、ビールで乾杯した祖父と御門の二人は初対面ながら大いに盛り上がった。酒呑ほどではないが、御門もよく食べる。


「そういえば、お前、今晩はどうするつもりなんだ ? 今から家に帰るっていうのはできないだろう」

気が付いて聞いてみると


「ああ。大丈夫だよ。道の駅の簡易宿泊所を予約しているから。取引関係の話もあるから、数日はかかるだろうと予定してるし」


それを聞いた祖父は、

「なんだ。それならウチに泊まっていけ。迅の知り合いなら遠慮することは無いよ」

「ありがとうございます。ではご厄介になります」


 夕飯の後は、祖父の一言で家に泊めることになってしまった。御門は道の駅へ電話で予約の取り消しをする。御門の術中に嵌まったみたいで、ちょっとうんざりするが、仕方ない。しばらく使っていない客間に布団を引く。


「君の部屋で一緒でも良いよ」

などと宣う御門は無視し、取りあえず着替えのパジャマを渡す。

「早く寝て、とっとと用事を済ませて、早く帰れ」


仕方が無いので、風呂場の案内などをする。かなり夕飯の時にビールだなんだと酒類も飲んでいるので、水差しなどの用意も枕元にしておいてやる。酒飲んだら、水飲むのは、重要だからな。


御門が風呂から上がってきたので、

「朝飯は七時だ。起きてこなければ片付けるからな」

そう言いった俺の姿を見ながらクックックと御門は笑いだした。


「迅は変わってないんだね」

「早く、寝ろ」

軽く御門を睨み付けたが、逆効果だったようで余計に笑っている。

自分の部屋に戻って、はたと薬草についての話が全く進んでいなかった事に気が付いた。あいつの話からすれば、それが一番重要な用件だったはずなんだがな。


「まだ、しばらく話をしないといけないか。逸郎さんにも話を通さないと」

ふうっと息を一つつくと、寝る前に箱庭に行くことにした。

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