第35話
「本来、聖魔法しか所有していなかった聖女は、君と出会ってから全魔法属性を発現させた。その力は君の物じゃないのかな」
御門は聖女について現在判っている事を話してくれた。
元々あの聖女が持っていた能力は2つ。1つは聖魔法で主に治癒に特化していたのだそうだ。そしてもう一つは、その場にいるだけで味方の力を増幅するという物だった。特に、彼女に対して好意が強い者ほどその増幅幅が大きい。
その彼女は、勇者召喚の場に居合わせて彼等三人と出会ったのだが、その後、彼女の力はいや増し、全属性の魔法を扱えるようになったのだという。
魔王討伐の旅路では各属性の攻撃魔法で魔物の集団を殲滅するまでになっていたのだ。魔力量の問題で、そうそう出来ることではなかったのだが。
それについて、聖女はこう神官長に語ったという。
「聖者様と目が合った時に、稲妻に打たれ様な感じがいたしました。
それから、言い知れぬ力が身体を駆け巡り、そして新たな能力を得たのでございます」
神官長もその場に居合わせていた。聖者の鑑定結果はクラフトしかないという信じられない物だった。
聖者であるならば、本来ならば全魔法を使えるはずなのに生活魔法程度しか使えない上に、簡単な治癒しか使えないことを不思議に思っていた。なぜクラフトなんていうのが付いているのか、後に顕在化させた箱庭の存在など判らない事ばかりだったそうだ。
だから、何者かによって力が阻害されている可能性を考えていたという。
そして、先の聖女の言葉、聖女に対して厭う迅の事を見るにつれて
(よもや、聖女には隠された力があり、それが他者の力を吸収することでは。彼女を好む者には増幅を、厭う者からは収奪をしてしまうのではないか)
そう感じたのだそうだ。聖女を嫌う者など滅多にいない。だから今まで判らなかったのでは無いかと。そう、聖女の性質は善性であるのは間違いなかった。ただ、神殿側の良いように利用されていたのに気が付いていなかったに過ぎない。
だが、それを口にすることは憚られた。勇者達は別の世界からの『借り物』であり、聖女はこの世界の存在だ。
聖者の能力を聖女が搾取しているのだとすれば、由々しき問題であろう。そうであっても、聖女を貶めるような事は認めたくなかったのだろう。
だから、望まれる力を発揮できない迅については、神殿側は常に擁護していたのだ。そうであっても、存在価値が高くなりすぎるのは聖女を前面に押し出せなくなる。
だから、聖者が新たに開発したレシピは聖女のものとしたのだ。
そして、聖女の力のように、居るだけでも価値があるのだと。実際、迅がいれば聖女は高い能力を発揮できるので嘘では無い。神殿側も側に迅がいるかいないかでは、聖女の新たな力の発現能力に違いがあるのを把握していたのだ。
魔王討伐から戻り、御門は神官長と話し合いの場を設けた。そこで、御門は神官長の考えを確認したのだ。また、彼等が迅に対して行っていたこと、新開発した薬のレシピの秘匿などを知ったという。
「ああ、その場に神来は同行させていない。聖女を抑えるのに使ったから」
勇者が同行しないことで、神官長側も油断したんだよ。御門はそういって悪い笑みを浮かべた。
「あいつら、迅をそのままにしておけば聖女が魔王討伐に同行することになり、それで聖女と神殿に箔が付くように画策しようとしてたみたいだ。失礼しちゃうよね。まあ、私達の方にもメリットがあるから、了承した部分もあるけど」
勇者とされた神来は聖女に敬愛の念を強く抱いているので、彼女がいることでその力が何倍にも増幅されるからだ。
俺は、そこまで話を聞いて箱庭についての疑問が解けた。箱庭は、聖女を拒めなかった。俺と同等に扱うことこそ無かったが、登録をしていなくても聖女は問題なく中に入れたのだ。
勿論、俺が門から案内する必要はあったのだが。だが、一旦中に入ってしまえば、あろうことか禁忌も無く歩き回れたのだ、俺が心底嫌がっていたとしても。
だから、勝手に薬草園にも出入りして、薬草のチェックまで出来たのだろう。
それがどうにも俺には不思議だったし不快だったのだが、話を聞いて納得してしまった。彼女が俺が本来もつはずだった力を纏っていたために、箱庭はきちんと識別して拒否する事ができなかったのだろう。
そう理解はできたが、俺にとっては納得いくことでは無い。
「なんだそれは」
「そもそも、君はなぜ最初から聖女を嫌がっていたのか聞いて良いかい」
ズズッとお茶を飲み、横に座る迅を見て尋ねる。
「アレが側によると、力が抜けるような感覚になるんだ。それからゾワゾワする。最初の頃は、体調が悪くなる事もあった。だから、そばに寄られるのが嫌なんだ。アレにはおぞましさしか感じない。それが人の顔を見ると寄ってくるんだ。話しかけてくるんだ。ちょっとでも触れられたならば、鳥肌が立った」
話をして様々な事が思い出され寒気がする。思わず両手で自分の腕をさする。半ば気の毒そうに、半ば納得したかのように
「そうか、君には自覚があったのか。やはり神官長の認識の半分は正しかったのかな。封印があっても、力の方は君と何らかの繋がりは持っていたのかな」
ほうっと息を吐き
「彼女が君の界渡りで得た力を吸収して、使っていたことは間違いないらしいな。でも、そんな話はしたことがなかったが、何故黙っていたんだ」
「最初は原因が判らなかったんだよ。まず、あの世界に行って謁見の間に連れて行かれた時からだったからな。しばらくしてこの気持ち悪さは、アレが視界に入る時に起こることに気が付いた。だが、その時には神来はアレにゾッコンになっていたから、言い出す機会がなかった」
王城での訓練や資材や食糧の運搬で駆り出される時、調薬を習っている時などは聖女にまとわりつかれることもなかった。
その時は全く体調に問題は無かったのだ。彼女が絡むと具合が悪くなる。彼女には不快感しか感じなかった。
「討伐の旅に出る頃には、アレが側にいても気持ち悪くなる事が無くなったのもあって、黙っていた」
その話を聞いて、御門は少し考え込む。
「距離が近くなるほど、力の流入が大きくなる傾向があったのかもしれない。それで、君が不快な思いをしていたのだろうか。
時間が経つにつれて力を供給することが安定したのか、それとも慣れたのか ? その後は体調に影響が無くなったっていうのは、…。ま、思いつきを並べてもな」
それを聞いて、もしかしたらと思うところがあった。アレは最初の頃は箱庭で勝手が出来ていた。だが、徐々にそれが出来なくなっていった。最後の方は、禁止していた薬草園などに入る事はできなくなっていたのだ。
もしかしたら、俺が本来持たされた力という奴が完全にアレに吸収されて、俺との繋がりが切れたからではないだろうか。そんな話をすると、御門はフムと顎を撫でる。
「今の聖女の力は、あまり変わっていない。界渡りをしたのにだ。
界渡りが新たな力を授けてくれるならば、彼女に他の力が加わってもいいはずだろう。でも、そのままなんだ」
御門が何を言いたいのか、直ぐには理解できない。
「だから、なんなんだ ? 」
「界渡りで力を得るというのは、どう言うことなのだろう。それに、なぜ彼女は界渡りでこちらに来られたのだろう」
「おお、迅、お客さんか」
祖父が帰ってきて、縁側の方へ顔を出す。
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