第33話
俺は、御門がここに当たりを付けたのは、今回の新薬の関係だと思ってはいた。御門は不十分ながらも鑑定を持っていると聞いていたし、新薬がここにはない植物で作られたモノだと言うことに調べがつくかもしれないと。
だが、こいつが口にした種類は、今回の薬には全く関係の無いものだ。どうしてそれらが箱庭にあると知られているのか。箱庭の薬草畑の存在は知ってても、何が植わっているかなんて二人とも知らないはずだ。
彼を箱庭の薬草園に入れたことはなかったし、薬草にも詳しくなかったはずだ。
株分けをしてくれた薬師の師匠には、
「これらがここで栽培できると知られると面倒だから、黙っときな」
そう言われていた。だから、薬草園は他の人間には入れないようにしていた。不本意ながら例外が1人だけいたのだが。
師匠は自分が手配できる薬草を全て提供してくれたのだが、幾つかは栽培できると知られると面倒になると言って、誰にも公言していなかったはずだ。
「そして、聖女が言うには、如意樹も生えていると」
「そんな話、いつ聞いたんだ」
引き攣った顔で問いただすと、
「君にとっては残念だろうが、つい最近聞いた。彼女も共にこちらへ来ている」
俺は頭を抱えた。せっかく戻ってきて、もう二度と会わずに済むと思っていたのに。俺が嫌がるって、そういう事か。
「君は、本当に聖女が嫌なんだな。まあ、君にとっての彼女は疫病神みたいなものか」
俺を見る御門の目に憐れみがある。
「今回は全く関係のない如意樹の話まで持ち出して。私もちょっと引いたよ。なんでもかんでも、人の手の内までひけらかすなんて、ねぇ。彼女は質が悪い」
苦笑いを浮かべる御門の顔を見て、思わず溜息を吐いた。
溜息を吐いても幸福が逃げるだけだと思いながら、それでも溜息をつかずにはいられない。
「アレを俺に近づけないでくれ。その条件が叶うならば、薬草の提供元を紹介する」
ゲッソリとした顔でようやく答える。こっちに変わってから本件に入ったのは、アレが関係しているからか。アキラのまま告げられたら、俺は間違いなくトンズラする。
「承知した。それに、あの聖女様のせいで、君の居所を別の意図で、探す連中もいるからね。私としても君のことを公にしたくはない」
御門の方もウンザリという顔だ。
「君の言い方だと、此処で栽培している物もあるんだね。それで昔の勇者の遺物だとでもしておくよ。それに、僕がここに来たのは、新薬についての話を伺いにきた形になっている。この後で『コリ』に顔を出そうと思ってる。
それから、私がここを探し当てた基のデータは煩雑だから、同じ物をみて君を捜し当てられる存在はそうそういないと思う」
それから気の毒そうに、付け加えられた。
「だが、それでも彼女直々にここへ来ると言い出しかねない。そうなったら多分止められない。その時は前以て連絡をするから、対処してくれ」
アレは妙に勘がいいところもある。
「薬草はアレ絡みなのか」
最悪の場合は箱庭に引き籠もった方が良いかと真剣に考えながら聞く。
「ああ。生き物が魔の物に変化するという話を聞いたことがあるか」
「ああ、ダムの話だと聞いた。水が汚れたのが原因ではないかと、その呪いを解くのに使えないかという話でこの村のプリンの注文があったと村の集会で言っていた」
それを聞いて、一度頷いて御門が続ける。
「今、私達はその件に関わっている。薬草はそのダムの水を聖女が浄化するために必要だと言っている」
俺は再び、大きな溜息をついた。ああ、あの薬草はそこに繋がるのか。アレが浄化薬を処方するのだなと判ったからだ。ダムの規模がどれほどかは想像にすぎない。しかし半端な量では対抗するのは難しいのでは無いだろうかと思ったが、それは口にしない。
アレは、あの浄化薬の性能をちゃんと理解しているだろうか。アレが作ろうとしている薬は、かつて異世界で瘴気を浄化するために俺が開発したものだ。水中での実験はしていない。水の中でも維持できるような工夫は必要では無かろうか。
「アレはどんな対処をするつもりなんだ。浄化薬は水中で使ったことはないはずだ」
「いや、特には。浄化薬を投入するとしか言っていなかったと思う」
思い出すように御門が答える。やはりか、そう思ったが口を挟むべきかどうか逡巡する。だが、放っておいて失敗されても巡り巡って面倒な事になっても困る。
「お前の提案ということで、添えておいてくれないか。浄化薬は水に入れてしばらくすると溶けて役に立たなくなる可能性がある。だから、実験しろって。で、溶けるようならば、獣の皮で包むように進言してみてくれ。そうだな、皮つつんだのを煮込んで成分を皮に浸透させてから包んでも良いかもしれない。
ダムに投入するのは、実験で検証してからにしたほうが良い。あれは塊を保持することが重要なんだ。塊の最低限のサイズはこぶし大だ」
俺の言葉を聞いて、御門は少し息を呑む。
「ああ、浄化薬の開発者は君だものね。そうか、上手く伝えておこう」
苦々しい口調で返してくる。
「知っていたのか」
驚いて口にすると、首肯された。
「そうか」
俺は、聖者と言われたが浄化一つできなかった。だから、薬師のお師匠に手伝って貰いクラフトをつかって浄化薬のレシピを開発した。
神殿は、薬師のお師匠を紹介してくれたり俺に親切だった事もあり、なんとか役に立つことができないかと思ったから。それ以外にも幾つか薬を作り上げた。
「私達は、君が消えた後に王都に戻った。そこでまあ、色々あったんだが。その時に、僕が神官長とお話をした」
淡々と御門が語りだしたんだが、その台詞を聞いて思わずお茶を吹き出しす。縁側で、お茶していて良かった。
「汚いなぁ」
庭にむかったんだからお前には掛かってないだろうと、決まり悪げに口をへの字に曲げると、その顔をみておかしそうに御門がちょっとだけ笑う。
「色んな話を吐かせたけど、そのうちの一つが聖女が開発したっていう薬は、皆君が作ったんだとね。そのレシピを取り上げたんだと聞いたよ。君の師匠との契約を解除する条件で」
俺は笑うしか無かった。
「アキラの方が締め上げたのか。でも、おかげで、お師匠は神殿から解放されたから儲けもんだよ。少しはあの人のお役に立てたんだから。それに、あっちのことは俺にはどうでもいい事だ。
そうだ、俺はレシピを神殿に渡しただけで、アレに直接教えていない。その点も注意しといてくれ。検証するのを忘れないでくれ」
そんな俺を見て、御門はなにか傷ついたような表情を僅かにしたが。ああ、御門は知らなくても良いような事まで知ったのかもしれない。
「薬のレシピを渡して、後悔したのは少しだけだ。
アレにさ、「迅様が私のために薬を開発して下さり、しかもその栄誉を私に授けて下さったと聞きました。ありがとうございます」とか言われて、迫られた事だけだよ。うんざりした」
お前のためじゃないとこちらが幾ら言っても聞く耳持たないで、「そんなに恥ずかしがらなくても」とかなんとか言ってすり寄られて時には、逃げ出した。
アレは少々頭が花畑仕様になっているのだと思う。思い出しただけでも憔悴する。そんな話を付け加えて、げっそりした俺の表情をみながら、御門の口の端が少しだけ上を向いた。それから真顔に戻る。
「今回、俺と神来ではどうにもならなくて。聖女が提案した浄化薬をこちらで開発しようという事になったんだ。で、君の箱庭の話になって、彼女はベラベラしゃべったんだよ。早く君を見つけて欲しいってね」
「本当に、アレは疫病神だ」
どっと疲れが押し寄せてくる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます