第32話 朋あり遠方より来たる


 玄関の呼び鈴が鳴る。祖父は出掛けているので、丁度仕事が一段落して家に戻っていた俺は、そのまま玄関に出向いた。荷物か何かかな、近所の人なら縁側から声を掛けてくるだろうになんて気楽に思いながら。

「はい、どちら様ですか」

玄関の扉の向こうには。


「お久しぶり」


ひらひらと両手を顔の横でふって挨拶をする、相変わらず怪しい雰囲気の細目の男がニコニコして立っている。俺は、彼の姿を認めると一回開けた扉をガラガラと閉めた。夢だと思いたかったが、そいつは消えること無く。


「ひっどいなあ。折角遠路はるばる探し当てて、こうしてやって来たかつて仲間に対して、する仕打ちなの」

玄関先で大きめの声で細目の男が文句をいう。

「近所迷惑だ。縁側に回れ」


 戸を開けず、そのまま言い返す。そうは言っても隣の家とは300mは離れているが。

 嫌々ながらという雰囲気を隠しもせずに、部屋に上げることなく縁側に座布団を引く。一応、仕方なく茶を出す。そして、男の目の前で箒を逆さにして壁に立てかける。


相変わらずのニコニコ顔だ。

「貴方も古いよねぇ。そんなのは今時流行らないんだよ」

「少なくとも、お前が知っていれば十分意味がある」

意味が通じてないわけではない様だ。久しぶりに会ったその男は、召喚された異世界では賢者と言われていた奴だ。


「探してたんだよ、迅」

こんな扱いをされても嬉しげに話す男に、胡乱げに目を向ける。

「俺は、お前のことはすっかり忘れていたよ」

じろりと睨めつけたが、蛙の面になんとやら、だろう。


判るように大きくため息を吐く。彼は大変外面が良い。スルッと人の懐に入り込んでしまう。一体どこから嗅ぎつけたのか。


 再会が嬉しくないと言えば、嘘になる。だが、この顔の時は。

こいつの様子を見ていると、厄介事を運んできた気がしてならない。


「お前、どうしてココが判った」

「うん。色々と手を回して調べた。この村でここ数年で新しく来た人とかを調べたんだ。後は同年代の人間もね。で、一件ずつ訪ねようと思って。最初で当たりを引くなんて、僕ってラッキーだよね。まあ、名前が迅だったら、最初に訪ねるよね」


 ニコニコ笑っている顔が本当に癪に障る。こいつはこう言う奴だ。

そして、突然、自分がなぜ菰野に対して胡散臭いと思っていたのか、その理由が分かった。菰野の細目がこの賢者様と似ているからだ。


(菰野さん、ごめんなさい。あなたは悪くなかった。悪いのは、勝手に連想した俺と、原因になったこいつです)


 俺は、心のなかで菰野に謝った。今度、食べたがっていた豆腐と油揚げを作って持って行こうと決心する。おう、レシピ確認しとかんと。


「貴方は相変わらず僕の事が好きだよね」

ニコニコニコ。真っ正面から相手にしてはいけない。

「賢者様も無事にこちらに帰ってこられたんだな。実に残念だ」


「その賢者様は止めてくれませんかね。御門みかど 明という名前があるんだから。アキラって呼んで欲しいな」

美味しそうにお茶を飲みながら、そう宣う。


「うん、相変わらず貴方の入れてくれたお茶は美味しいよね。晩ご飯も期待して良いかな。僕は肉がいいなあ。勿論、魚でもいいですよ。迅の手料理は久しぶりで嬉しいなぁ」

ニコニコと笑っているのを半ば呆れながら眺めてしまう。


「そんなに遅くまで居座る気かよ。全く。こっちに戻ってきて5年も経っているのに全く変わっていないな。少しは大人になれ」


その迅の台詞に御門は驚く。

「5年って。なんでさ。僕らが帰ってきたのは2年前でしょう」

「へ ? 」


「僕らが帰ってきた時は、ちゃんとあっちの世界で過ごした3年間は過ぎていたよ。君は違うの ? 」


「え、同じ時間、同じ場所に戻ったんじゃなかったのか。俺、召喚された時と同じ時間に戻ったぞ。大学行く途中だったその時、その場所に違和感なく戻って、違和感ありまくりだったぞ。服装も戻ってたし」


それを聞いて、御門は大きく息を吐いた。

「やっぱりなあ、どうにも君だけ何かが引き戻したみたいなんだよね。それが何かはわからないけど。それが上手くやったのかな。色々と手を尽くして調べて貰っても、前提条件が違うんだもの。見つかるはずが無かったか。さすが聖者様だ、羨ましい限りだ」


「その聖者様ていうのを止めろ」

思わず殺気をまとわせる。

「おー、コワイコワイ」

ヘラヘラニコニコと変わらない表情で、口だけの男。俺は、どうにもこうなったこの男は苦手だ。


 嫌いじゃ無いんだが、どうにもこの人を食ったような感じの時は用心する癖がついている。こちらはトンと信用が出来ない。

「で、要件はなんだ。さっさと済まして、さっさとご退場願おう。晩飯前にね」


「つれないなあ~。折角僕一人だけで来たのに。君が嫌がるだろうから」

いや、俺はどちらかというと勇者の神来との方が仲良かったぞ。なんだよ、嫌がるって。そう思っていると、御門の顔つきがガラッと変わる。目を大きく見開く。


 こちらでいるのを止めたようだ。という事は、今回は厄介事抜きなのかな。早いとこそうしてくれればいいのに、こっちの方ならば真面目に話をする気になる。


「迅、君の箱庭で薬草を育てているだろう、今も。その薬草を譲ってほしい。代金は、そちらの言い値で構わない」

「何が必要なんだ」


「取りあえずはサンジワニ、カルパヴリクシャ、ロートス」

挙げられた種名に迅は、ギョッとする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る