第31話 聖女と勇者
【別視点】
ダムに隣接する施設では、今日も様々な臨床実験が行われている。
休憩室には、交代で食事をする人々の姿があった。その片隅で白衣の二人が会話をしている。
「あのプリンの臨床試験が始まったそうだ」
「プリンの提供者は亡くなったと聞いたが」
「なんでも新しい後継者が出てきて、手法を引き継いだらしい」
情報通気取りでそう話をしているが、その話は彼方此方で噂になっているものだ。
それまで一手に引き受けていた人物が急逝した時は、かなりの範囲で衝撃が走った。レシピが残されていたらしいのだが、誰もそれを再現できなかったのも痛手だった。
そう、レシピは全面公開されはしたのだ。これは周囲が望んだからという訳では無く、遺族がそう望んだのだためだと言われている。もし、再現できる者があれば、受け継いで欲しいと。
ただオリジナルレシピは、製作者が村外に持ち出せない仕様にしていたために、貸し出しはできない。そのためオリジナルを元に写本されたものが貸し出され、あちこちで製造が試みられている。特殊な写本は、オリジナルのレシピの内容を殆ど受け継いでいた物だと言われているが、誰もこのレシピを色つきで見える者はいない。そのため、誰も再現できたものは居なかったのだ。
今回、ここに滞在している聖女様が色々と試作していた結果、どうもただレシピ通りに作るだけではなかったようだと言ってきたという。聖女は今まで薬などを調合していた経験からそのように結論づけていた。
その検証の結果、ほんの一部ではあるが彼女によって再現されたものがある。残念ながらレシピが解読できたというわけではなく、使っている材料を基にして付与魔法を添加する形にして成功した物だ。
だが、出回っていた物と比較してもその効能は低く、実践に耐えられる物では無かったのだが。
「それは良かった。一時期は呪解薬なども手に入りにくくなっていたからな」
「仕方ないよ、呪解薬だって急に増産する事なんかできないさ」
コーヒーを口にしながら、ふうっと息を吐く。
「もっと早く手配すれば良かったのに」
「そう言うなよ。先生方が自分達の薬で対応できるかどうか、検討するのが先だったからだろう。先の事を考えれば、特別な人間だけが作れる薬では永続性がないからな」
「それに聞いた話だと取り寄せたプリンは、一部は解析に使うという話だ。今回は聖女様もいるからな。物とレシピがそろえば……」
「解析が進んで一般化できれば良いんだがな」
「俺はできれば甘いお菓子じゃなくて、もっと塩っぱいモノとか飲み物だとかで接種できると有り難いんだけどなあ」
「まあ、そう言うな。付与し易い物とし難い物とかがあるんじゃないのか」
「え~、俺は単純に好みだからだと思うぞ。昔、作り手は女性だと聞いたことがある」
「逆だよ、その噂。お菓子ばかりなんで、作り手は女性じゃないかって言われたんだよ。あの村が作り手の情報なんか流すものか」
「そう言えば、そうだな」
あの湿布薬と傷薬は、試用品として何カ所かに配られた。臨床試験のためでもあったのだが、あの施設にもプリンとともに届けられた。
「この薬は、私達の世界の薬草が無ければできません。この薬を作った薬師は、この薬草をどこで手に入れたのでしょう」
傷薬を鑑定した彼女は興奮気味で、叫ぶように言い放った。
「この世界ではあの方の箱庭にしか無いはずです。この薬だって私達の世界のモノに似ています」
「見つけたとは限らないよ。前の勇者一行が、持ってきたものかもしれない。資料だとそういう事もあったみたいな事も書かれていた」
その隣で、細目の男がそう言って、興奮気味の女性を見てニタリと笑った。
「お前、その顔は止めておいた方が良い。明らかに悪巧みをしている悪役の顔だ」
短髪の男がそう戒めたのだが、それを聞いて細目の男は口をとがらせる。
「仕方が無いよ。これが僕の顔なんだから」
ちょっと、気分を害したかのように言うと立ち上った。
「僕、この村に行って薬草の件について調べてくる。二人は付いてこないでね。来たら駄目な気がするから。それに貴女には、する事があるでしょう」
そう言って部屋をサッサと出ていく。
声をかける暇も与えられず、出ていったドアを見つめて
「私も、行きたいです」
彼女はギュッと両手を握りしめて、呟くようにそう口にした。だが、同行させてはくれないだろう。強い拒絶を感じたから。それに彼の勘を無視するわけにはいかない。
だが、ここに至るまで、彼女は彼の自分に対する対応が冷たい気がしている。こちらの世界に彼女が来ることにも当初は反対していた。
「聖女様。貴方は、ここで試験結果をきちんと検証しなければなりません。なに、奴がきっとこの薬の出所を調べてきますよ。そこにアイツがいれば、ここに彼を連れてきますって。大丈夫です。信じて待ちましょう」
残った短髪の男はそう言って、聖女を宥めた。
「私が此処にいると聞けば、あの方は喜んで此処に来て下さいますよね、きっと」
縋るように聖女と呼ばれた女は、男を見つめる。
「勿論です」
和やかに優しく微笑んで男は答えた。
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