第29話 葉山お菓子工房
薬草畑では、順調に異世界の薬草が育っている。新しく使えるものが増えたら、また新たな薬の調合をしましょうという話に。順調に箱庭からの薬草が定着しているようで、先が大変楽しみだ。
薬にしなくても、日常の使い方もある。
「ああ、この葉を刻んで一緒におかゆで炊くと頭痛が軽減されますよ」
「こっちのは、干した根を刻んでおかゆにすると腹痛に効きますよ。でもこれ、堅いんで別に茹でた方がいいかも。煮汁はおかゆに。ああ、ちょっと苦いから子供は嫌がるかな」
そんな話をしながら、逸郎さんと薬草畑を周っていくのは楽しい。
植物がより良く育って、大きくなって何かそれが嬉しくて見回りながら逸郎さんと色々と話をしていく。
薬草は、別に薬として調合するだけじゃ無い。日常の食事に取り入れたっていいのだ。ま、これもすべてお師匠の受け売りだけどな。
箱庭では狭い中に様々な種類を育てているので、俺が日常で使う分には問題はないが、それなりの量を生産するには向かない。
ただこの頃は箱庭の薬草畑は何故か拡がっているようで、収穫量も僅かながら増えている。逸郎さんが時偶訪れてはお世話してくれていることも、何か関係があるのかもしれない。箱庭がお友達認定している気がする。
物見の巫女は、魔力量が増えるとか封印が解ければもっと拡がると言っていたけれど、俺の魔力量って増えているんだろうかとも思う。
特別何をしているわけでもない。ここに来てからしているのは、畑の世話して、お菓子を作っているだけだ。うん、やはり魔力量が増えてるっていうよりもお友達効果の方かな。
そう、もう一つのお仕事のお菓子作りを中心にはこの1年半で変化があった。
今日はこれから、打ち合わせがあって『コリ』に出向く。週1回で出社してるんだけれどもね。
出社といっても、打ち合わせやなにかをするのに顔を出す程度で、今までとの生活は実はあまり変わっていない。でも、俺は『コリ』に1年ちょっと前に就職をしたのだ。
何故、就職する事になったのかと言えば、効能付きのお菓子の値段が大変良いお値段で、収入が爆上がりしそうだからだ。いや~、俺個人が『コリ』と取引してという形になると税金やらなんやらと、中々面倒くさい。
勿論、個人取引でも良いとは言われた。個人事業主ってやつで税理士さんとかも付けてくれるって。
でもさ、俺自身が面倒くさかったんだ。別に俺は就職するのが嫌だっていうわけでも無い。ただ、幾つもの就職先にお断りされて、ここに来たんだから。
それに、してもしなくてもやる仕事は変わらないのなら、いいじゃん、就職したって。それに、なんと言っても母さんに言い訳が立つ。これが一番の理由かもしれないけどさ。地元で就職、文句ないだろう。
俺の所属は「道の駅 お土産企画部」とかいう部署があって、そこ。それで、そのなかの「葉山お菓子工房」の企画運営ということになっている。
現在、道の駅のお土産コーナーに、『葉山お菓子工房』というコーナーができていてここ担当という事だ。葉山ってどっから出てきたのかは、知らん。
表向き俺は企画担当で作成に関与しているっていう形では無い。効能が無いとしても俺のお菓子作りは秘匿されているそうなので。村の人達は割と知っている気がするんだがと言ったら、村外に対してのものだそうだ。
「葉山お菓子工房」っていうのは、恥ずかしながら俺のお菓子のブランドになっている。作り手は婦人会になっているけれど。
なんでこんなのが出来たのかと言えば、事の起こりは普通のカステラプリンを増産しましょうという話だ。
増産可能になったというので、それ用の冷蔵ショーケースとかいうのを購入したわけだ。カステラプリンとかプリンなんかを売るには、必要だろう。
「ちょっと、用意したショーケースが大きいのですよ。二種類だけだと淋しいので、あと1,2種類で良いので何かありませんか」
綿貫さんに持ちかけられた。
とりあえず、プリンの種類を増やしてみた。コーヒープリンとかぼちゃプリン。
俺は、それでいいかなと思っていたんだけれども。
お土産用のカステラプリンとかをつくるのは、更紗さん達と一緒に作業をしているのだが、作業には休憩時間がある。
当然のように皆さんとお茶会をする。話題は村の世間話みたいなのも勿論あるのだけれども。
「迅君。パウンドケーキとか食べてみたいと思わない」
「シフォンケーキとかも美味しそうよね」
皆さんは祖母ちゃんのレシピも見ているわけで、そうすると俺が作れるだろうお菓子を知っていらっしゃる。
「迅さん、この前効能を検証したフルーツタルト、美味しかったですよね。あれならば、一つでここの皆さんと一緒に楽しめますよね」
とか、実際に作ったモノの話を梛君がふるわけで。
で、梛君がそう言い出す時は、材料が揃っているのだ。準備万端整っているわけだ。そうすると、皆の目が期待で輝く。
そうすると、皆さんのご希望通りに。ハイ。
「美味しいわあ」
て盛り上がり、手間暇が検討されて価格設定が考えられて、商品として提案される。
そして、いつの間にかお土産コーナーの一角にコーナーが確立しているという……。コーナーが確立した時点で、
「それでは、土淵さんにはこの「葉山お菓子工房」の企画担当をお願いしますね」
と上司になった綿貫さんに告げられた。
売れ行きは順調です、って綿貫さんに言われてはいるけどな……。
実際には俺は事務方なんて何もしてない。お菓子作ってるだけだ。
現在の品揃えは、カステラプリンやプリン、クッキーやマドレーヌに始まり、パウンドケーキやシフォンケーキ、季節のフルーツタルトなど。手広く扱っております。はい。
勿論、作り方は全てレクチャーしてあるので、婦人会の人達に手伝って貰っていますよ。自分一人で全部なんてできないから。
なんでか知らんが俺の作った分に関しては、限定品の“プレミアム”とか銘打って別格になっている。そんなに味が変わらないと思うんだけどな。
自分では何も感じていないが、クラフトさんがお仕事をしているのだろうか、と思う今日この頃。
俺は、農家では無くお菓子屋になっている……。
「ふん。お前の血は美味いからな。そのせいじゃろ」
酒呑がこれについては意味の判らん事を宣っている。
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