第28話 薬草畑


 見渡す限りの薬草畑。様々な薬用植物が植えられている。いっちゃんこと、駒場逸郎さんの畑に来ている。あれから一年と半年が過ぎた。俺の持ち込んだ植物たちは元気よく育っている。


薬草は三代目ぐらいになって漸く薬効がつくと箱庭は話していたが、それは俺の場合だったのだろうか。逸郎さんが育てた二代目は、すでにそれなりの薬効をもっているそうだ。いや、苗から育てた一代目もそれなりには使えるものもあるとか。

すごすぎないか。


 なんでそう言えるのかっていえば、逸郎さんは薬関連ならば鑑定が使える人だったのだ。あれから彼は何度も箱庭の薬草畑にやって来て、色々と観察したり薬草園の世話を手伝ってくれたりしていた。そこで、自分が育てているあちらの世界の植物の特徴を学んでいたらしい。


 どうも、箱庭は逸郎さんの事を気に入った節がある。逸郎さんが来ると、帰り際にお土産を用意してくれてたりするのだから。お土産は薬草の苗とか種子とかだ。


それで、逸郎さんも色々な植物を箱庭に持ってきてくれるようになって二者の交流は続いている。お互いに話したりはできないみたいだけど、植物を通じてなにか分かり合っているみたいな雰囲気だ。


俺もいちいち招待者として箱庭に通すのが面倒になり、逸郎さんは祖父ちゃんと同じく登録してある。


で、不思議なことに向こうでは俺が一緒じゃ無いと門すらくぐれなかったんだが、逸郎さんと祖父ちゃんは門さえ開ければ一人で入っていける。

勝手に出入りしている酒呑といい、謎だ。


 祖父ちゃんに薬草の件について話をしたら、逸郎さんは緑の手を持っていると言われた。それで薬師もやって、雑貨屋ってなんなんだと俺が言ったら、雑貨屋は代々やっている仕事の一つで、基本は奥さんが切り盛りしているそうだ。


どうも、逸郎さんは手の空いたときに店番して手伝っていたという話だ。雑貨屋さんでも、逸郎さんの薬も扱ってはいるらしい。


「え、市販薬じゃない薬売ってるの見たこと無いけどな」

「当たり前だろ、雑貨屋じゃ注文して買うんだから」


他には『コリ』経由での販売もしているというから、俺が目にしたことがなくてもおかしくはないのか。



 今日は、薬の調薬に取り掛かることになっている。漸く使える状態までに成長したやつがでてきたからだ。


下準備は予め伝えてある。逸郎さんの工房で薬を調合し、箱庭のものと薬効を比較することにしている。逸郎さんの鑑定は、薬の見比べもできるのだとか。


「鑑定って便利ですよね。梛君とかを見てるとホント羨ましいなと思いますよ」

ぼやくようにそう口にする。まあ、梛君の有能さは鑑定だけじゃ無いが。


「鑑定っても俺のは薬に関する事ばっかりじゃからな。それ以外はさっぱりだ。店じゃ役に立たんと、よく女房に怒られる」

と苦笑いされた。


「いや、それでもとても役に立っているじゃ無いですか」

自分の知識が基になって発展していくというが、羨ましい限りだ。


話をしながら薬草園で生で直ぐに使える物を採取したり、それぞれの植物の様子をチェックしながら薬草園の奥にある建物の方へと歩いて行く。そこが逸郎さんの仕事場だという。


 使い込まれた機材は、きちんと整理整頓されて掃除も行き届いている。奥の部屋は薬草の乾燥室や保管庫になっているという。


「すごいな。あれ、この機材、随分と古い物ですね」

部屋の奥に古めかしい道具が置いてある。きちんと掃除もされているようで、埃もかぶっていない。


「ああ、それか。内は代々薬剤師でな。昔の道具も物によっては使うことがあるからな」

そう逸郎さんは教えてくれた。


「そっか。それなら、息子さんがココを継ぐんですか」

雑貨屋さんには逸郎さんの奥さんだけでなく、息子さんかなと思う年齢の男性もお店に出ていることを思い出したからだ。あの息子さんも薬剤師なのだろうか。


「いや、違うぞ。薬剤師の資格をとったのは娘だ。今は東京で働いているよ。息子は雑貨屋を継いでくれそうだ。」

ちょっと嬉しそうに逸郎さんが言う。


 祖父ちゃんに持たせていた薬は2つ。傷口にかけると傷が修復される傷薬、打ち身やに効く湿布薬。この2つについての薬草が無事に収穫できたので、早速調合することにしたのだ。


逸郎さんの薬草園の薬草でも問題なく作れた。あっと言う間に調合方法も覚えた逸郎さんも凄いな。ああ、薬師ならば当たり前なのか。


「これ、公表して販売してもいいか」

直ぐにというわけではないだろう。臨床試験とか必要だろうし、新薬として承認もしてもらう必要があるだろうし。


でも一般ルートに乗ったならばこの効能は、エラいことになるんじゃなかろうか。俺がなんとも言えずにいると、逸郎さんは苦笑して言う。


「いや、この薬を販売するとしても、魔の物や妖物が跋扈する地域限定の販売ルートだけになる。それにお前さんは表に出る必要はないさ。これだけのものをココだけにしておくには、惜しいんだよ」


 箱庭の話を考えれば、今は逸郎さんが育てることで薬効を保持できるだろう。それらが代を重ねれば、この世界に馴染んでいき逸郎さんのように緑の手の持ち主でなくても育てられるようになる可能性も高い。そうなれば、村の特産になるかもしれない。


複雑な思いを浮かべながらも、否やはないと思っている。

「ええ、この薬草やレシピは逸郎さんが先祖代々受け継いできて、このたび量産に成功したとでもしておいてください。構いません」


「任せてくれ。利益配分やなんかはちゃんとするから」

諦念めいた表情を浮かべる俺の肩を、バシバシ叩きながら逸郎さんが豪快にそう言った。



 この頃、各地で妖物の出現が増加する傾向にあると先日の村の集会で聞いた。そういう時期にはいったのではないかとも言われていた。


 歴史上でも、妖物が普通の地域でも跋扈している時期がある。それは出現数が増加して、各地域で討伐が間に合わない状況になった時代だ。そんな時代が来るかも知れないという不安がある。


人を喰らう妖物は少ないというが、多かれ少なかれ害を及ぼす物は多いのだ。


 それだけでなく、人や動植物が変化してしまう場所が現れたという話も聞いた。


どうやら先のダム建設で水没した洞窟があって、それによる関係ではないかと検証されているらしい。詳しい事はまだ不明だそうだ。


ダムの話については、先日そこの関係からプリンなどが注文され、その時に耳にしたのだ。変化へんげした人を呪術おとしの作用があるプリンなどで解消できないかという検証に使うためだと。


送り先の町の名前を聞いて、実家のある場所とは遙かに離れていた場所だったため、少し安心したのは事実だ。


もし、効果があるならば教えて欲しいとも伝えた。離れているとは言っても、予防の為にもまた実家に菓子を送っておこうかと思ったからだ。


(自分本位と言われるかもしれないけどさ)

それでも、やはり親兄弟は別なのだろうと思う。

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