第2章 予期せぬ再会
第27話 蚕蝕
【別視点】
洞窟はそれほど数が多いわけではないが、古くからその存在は認識されていて、洞窟のある場所には集落がある。だが、時代の流れでそういった存在を知らない人々が増えすぎたのだろうか。知らない者が国の中枢に増えれば、そうした場所に対する配慮も無くなる。
そういった事だったのだろうか。
それの始まりはダム建設だった。様々な思惑が絡まりあい、ある村が湖底に沈んだ。知っている人々が手を尽くしたが、利権を追求する者達が無理を通した。
幾つかの攻防を経て、その村は無くなった。
ダムによって湖底に沈んだ村、それは幾つもある。だが、その村には洞窟があり、それも共に水面下になった。
知っている人々は、何が起こるのか戦々恐々とした。
湖水からは魔の物も妖物も現れなかった。その元となるものが知らずに水に溶け込むだけだった。
その水が動物や人の飲み物となり、ある種の病が広がっていく。化け物に変化するという病が。
最初は、その周辺に住む動物からだ。
奇妙な鳥を見たという噂が広まった。女性の顔と上半身を持っていたという。
丸太よりも太いヘビを見たという話が出た。倒木かと思ったら、ズルズルと動いて山の奥へ向かっていったという。
河の中から突然馬が現れ、人が引き摺り込まれた。
都市伝説、そう言われている。
ギャギャギャ
緑色の皮膚を持つ小柄な姿の者。
身長が縮み、耳が細長くなり人相どころか身体全体が歪んでいる。
灰色の肌に手足には鋭いかぎ爪、醜く一回り大きくなった身体。
樹木のような身体をもつ者。
日本人ならばよく知っているような河童の姿の者もいる。
二足歩行のキツネになった者は、自分の意志で人の姿にも戻れる。そうやって獣人になったのは、ここにいるキツネだけでなくネコやタヌキも存在している。
確認はされていないが、キツネが人に
彼等が着ているのは患者衣だ。
この病院では、身体の一部、もしくは全体が変質した者達を入院させていた。彼等は徐々に身体が変質し、現在の姿で落ち着いている。
変化が始まった頃はまだ人として振る舞っていたが、姿が異質になるほどにだんだん意思疎通が図れなくなりつつある。
日に一度の浄化でなんとか意識が保たれていると言った方が良いだろうか。
「水と距離だろうか。水だけならばもっと広い範囲でこの現象が起きているだろう」
白衣を身につけた男がそう口にし、深く溜息をつく。
「ダムの底では、なんとも手の打ちようが無い」
「私達が知っている浄化とかのレベルでは、な」
「河童は判るが、なぜ、ゴブリンやオークもでてきたんだろう」
白衣の男は、ガラス越しに患者を見ながら疑問を呈する。
「ああ、人の想像力で形作られるからだろう。昔ならば河童や天狗などだろうが、今はゴブリンやオーク、トレントやハルピュイアなどが化け物というイメージを持つ奴が増えているんだろう」
一緒にその部屋の中を見ながら、もう一人の男が続ける。
「それに、この国にも色々な国の人間が住むようになりましたからね」
無意識の中で築き上げられたモノについて、何が影響しているかは判然としていない。
「時代によって、どのような話を聞き、どのようなものに恐怖や畏怖を抱くのか、変わっていくモノだからな」
どこか、淋しげにその男は言った。
その施設では、何が起きているのかについて事実を把握しつつあったが、どこまでこの変容が進むのかについては全く判らないままだ。
ここにいる人々だけが変化したわけではないのだ。実際に変化してもそのまま外にいる者の方が多いだろう。ここでは、あるデータをとるために揃えられていると言った方が良い。
「まだ、見つかりませんか」
そう言った美しい女性はテーブル席について報告書を受け取った。
「はい」
答えた男は、報告書を渡したことで役目はすんだとばかりに部屋から退出していった。
「あの方が見つかりさえすれば、必要なものがすぐに揃うのですが」
憂い顔でほうっと息を吐く。それで全てが解決するわけでは無い。彼女が再び彼に会いたいという思いが強いからかもしれない。
「手がかりは殆どないですからねえ。こちらに戻ってきている保証も無い」
女性の向かいに腰掛けていたもう一人の男がぼやく。
やや細目気味だが顔は整っている。体つきは細身で力仕事などできそうもない感じがする。
「連絡先も交換しなかったからな。どうにも、つかみ所のない奴だったし。名前しか判らんと言うのもな。名字すら名乗ってなかったからな。
アイツを探すよりも、こちらにある植物で近い物を探した方が早いかもしれん」
もう一人、ソファに腰掛けていた男がそう言って、短く刈り込んだ黒髪をガシガシと掻く。こちらはそこそこ筋肉質な体躯だ。
「そうですね。生薬になるような植物や、薬などを集めてそこから鑑定して貰った方がよいかもしれません。そちらの手配もしていただきましょう」
細目の男が同意する。
「まあ、なんだな。俺たちに探されているなんてことも考えてないかもしれないな。あいつは自分について『自分がいなくても、問題ないだろう』なんて抜かしてたからな」
短髪の男のその声音には少し懐かしむような響きがある。
「あの方は自分の価値を判っていなかったですから」
女性のその答えた声には憂いがあった。
「未だにそうだと思いますねぇ」
細目の男はそう言って紅茶を一口、口にした。
「しかも彼奴だけさっさといなくなっちまったし。あれは、一体何が起こったんだろう。残されている手記には同じような現象は無いと言われたしな」
短髪の男の声には、腹立たしいげな口調で少しだけ声を荒げる。
「私達は三年で戻って来られただけ、先代、先々代など他の時代に飛ばされた方々と比較すればましだと言われましたが。彼が戻ったのが私達と別の時期になっていたとすれば、3年間行方不明で2年前に帰ってきた者という条件で探すのは難しいかもしれませんね」
「未来にでも飛ばされていたら、完全にお手上げだな」
大きな溜息を吐いて短髪の男はソファにもたれかかる。
「彼は、この現状を知っているでしょうか」
「それは判らない。この国の表面にいれば、まだ変容していっているところが見えないからな」
ソファにもたれかかったままで、天井を見上げながら短髪の男が答える。
「あの人は、なんだかんだ言っても鈍感ですから」
女性は何かを思い出したかのように言い添える。
細目の男はほんのりと微笑った。
「そこが、良い所でもあるんですがねぇ」
その呟きは、他の二人には聞こえていない。
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