第26話 電話
今年はなかなか濃い一年だったなあ、なんぞと思う年の瀬だ。
正月用の餅は、自分達でつく。酒呑は餅つきが好きなのか、彼が手伝ってくれたおかげで随分とはかどる。自分も沢山食べるぞと言っていたので、その分気合いが入っているのだろう。
酒吞も正月は酒を飲みに来ると云うので、おせちだなんだと用意することにした。そうは言ってもローストビーフとかハンバーグ、トンカツだとか肉類多めのリクエストがあった。
ついた餅の一部は例年のように、実家にも送る。新米の時期には、新米も送っている。
これもいつものことだが、両親も兄も田舎には来ないそうだ。母達にはそう言う暗示が掛かっているので仕方が無い。
子供が小さいときには来ていたのだが、二人の子供に能力がないと判った時点で、極力ここには近寄らせないようにしたのだという。それが、母達のためだからと。
祖父ちゃんから聞いたのだが、あの洞窟から魔物が出るだけで無く瘴気といわれるエネルギーみたいなものが村に薄くだが流れてくることがあるそうだ。そうすると、魔力の無い人間はそれによって悪影響を被るらしい。それもあって、外へと出す事になっているようなのだ。特にこの家は洞窟に近い。母が子供の頃は、祖母ちゃん達が守っていたらしいのだが、それでも影響がないわけではなかったのだ。
「子供の頃は、よく熱を出して寝込んだりとかしていて身体が弱かったのよ」
なんて話を母から聞いたことがあるのだから。
今年は家に帰らない。祖父ちゃん一人残したくないからと、母には電話でそう言ってある。
「ああ、じーちゃんも俺も元気だよ」
『そう、よかったわ。この前送ってくれた道の駅のお菓子詰め合わせセット、みんなで食べたわよ。ご馳走様。
お兄ちゃん、えらく気に入ってたわよ。プリン、また食べたいって言ってたわ』
祖母のお菓子がお気に入りだった兄の事だ。今の迅のお菓子も気に入ったのだろうか。
「ああ、届いたんだ。喜んでもらえたようで良かった。にーちゃん相変わらずだね。また、機会があったら送るよ」
今度はカステラプリンも入れて送ろうか。きっと気に入るんじゃないかなと思いながら。
『あんまり無理しなくていいわよ』
「いや、こっちで色々と仕事してるからさ。じーちゃんとこの畑だけじゃなくってさ。前にちょっと話ししてた『コリ』、あそこで仕事の下請けとかもやってるんだよ。その伝手でお菓子、送ったんだよ」
『それもいいけど。迅は、公務員試験どうするの。色々と仕事をするのもいいけど、ちゃんと勉強とかしている ? あれは年齢制限とかもあるんでしょう』
母の声は、物言いたげだ。俺は祖父ちゃんところで農家を継ぐという話を既にしているのだが、母の中では納得がいかないのだろう。
「このままここで仕事してくよ。祖父ちゃん、此処にずっといる気だもの」
この話はきっといつまで経っても平行線のままだろうな、と感じている。
『そりゃ、お前がいてくれた方が、安心だけど……』
「だろ。色々と仕事があるから、大丈夫だよ」
『でも、将来の事とか考えないと。そんな中途半端な事だけじゃなくて』
「判ってるよ。でも、農家だってちゃんとした仕事だろ」
『それは判っているわよ。そういう事じゃ無いの。でも、色々とあるじゃない。そっちじゃ結婚相手だって見つかるかどうか』
「そんなの、どこだって同じ様なもんだよ」
『村役場の試験とかもあるんじゃないの。そういうのも受けてみなさいよ』
母はこの村に戻って来ないように、暗示が掛けられていると聞いている。それは母の安全の為だから仕方が無いと今は思う。
だからだろうか、自分の家ひいては家業の農家についても良いイメージがないようだ。祖父母についてはそんな悪い印象はないようなのだが。土地に嫌悪感を持つようにでもしてるんだろうか。
「ま、じいちゃんも俺も元気にやってるから。大丈夫だよ」
電話を切って、ちょっと溜息をつく。餅だけではなく、自分が作っているお菓子の詰め合わせを送ったお礼に、母から電話が来たのだ。
家族の事が嫌いではない。ただマメでもないので、自分から電話をかける事はあまりしていない。なんだかんだと言って電話をかけてくるのは母からだ。
正直言って、何を話して良いのか良く分からない。生活の場が違ってしまうと、共通の話題がわからない。大学に入ってから一人暮らしをしていたし、三年間ぐらいは異世界にも行っていた。丸めてしまえば感覚的には8年ほどは離れて暮らしているのだ。
それだけ離れてしまうと、父や兄の話をしてくれても、その話の前提条件も環境も離れているからよくわからない。近所の話をされても更に判らない。
話の弾みようがないのだ。母の話に興味を持つのは難しい。その辺りは、母はわかっているのかどうか。
今回みたいに「将来の事」とかでは、お互いのいる立場が違っていて話し合いにはならない。
それでも、心配はかけたくないので、それなりに話はするようにしている。だが、酒吞の話や魔物の話、祖父の実態については、話せないし話す気もない。
「ま、心配してくれるのは、悪いことではないからな」
そう思う事にしている。
大学時代、異世界にいた時間、そして現在、長く離れて暮らしているから、お互いにズレているのは仕方ないことだ。そう感じている。
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
1日2話投稿はココまでになります。
m(__)m
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます