第24話 研究会、発足


 という事で、今日はカステラプリン講習会の当日です。

やって来たのが山野辺の小母さんとこの前会った猫本さんと柳原さんの奥さん方、あと隣の家(そうは言っても300m以上離れてるのだが)の田野さんの奥さん。


「あらあら、名前で呼んでね。だって、名字だと旦那と重なるじゃ無い。道で会った時とか、声を掛けられてもどっちが呼ばれたか判らないわよ」

なんて言われて、名前を教えて貰った。山野辺さんが更紗さん、猫本さんが美貴代さん、柳原さんが百合子さん、田野さんが雅さんだそうだ。婦人会の精鋭を送ってくると言われたので最初はちょっと緊張していたけど、顔見知りの人がいて安心、安心。


 さて、あともう一人。綿貫さんの弟の梛君。彼は『コリ』から派遣されている鑑定士だ。綿貫さんの言っていた人で、今後俺がレシピを再現する時に鑑定してくれるという話なんだが、なぜか俺のアシスタントとして活躍してくれていて『コリ』の仕事全般に渡って色々な事をフォローしてもらっている。


 作業をする場所は集会場で、連絡や物品の手配などの采配は全て梛君がしてくれた。彼は、何かもの凄く至れり尽くせりな感じで色々と先だってやってくれるので、ちょっと箱庭の小人さんを連想しているんだが、秘密だ。言っても誰も判らないだろうしな。


「これがレシピです。で、材料はここにあります。最初は、一緒に作っていきたいと思います。何かわからなかったら、その度に聞いて下さい」

祖母ちゃんのレシピにならって、カステラプリンのレシピを起こしたものを皆に渡した。


 対面で作業を説明しながら、一緒に作業をする。人に教えたことはないので、そういう形でいいのかどうかは判らないが。人数分の材料の計量、必要な道具、用意したのは、全部梛君。彼は「お任せ下さい」と、全て手配してくれた。


 今日は箱庭ではない場所で調理することや人前で作業する事で、ちょっと手間取った部分もあったが、それは良かったのかもしれない。皆の作るスピードに丁度合わせられたので。


 梛君が配属されるまでは、集会所から箱庭に入って作業をしてたんだ、実は。だって、箱庭だと手伝いがあるからはかどるんだもん。

本当の所をいえば、許可された場所じゃないからいけないのだろうけど、色々と量が増えてきたんで一人作業はなかなか大変なんだよ。小人さんは超有能だし。


 出来上がったものは、やはり皆さん、日常生活から婦人会まで色々と作っていて手慣れているのか問題が無いようだ。


カステラプリンが冷えるまで、お茶会という運びに。作ってきたクッキーやらなにやらを提供し、楽しいおしゃべりタイムだよ、皆様の。俺と梛君は静かに聞き役。


 お茶を飲みながらゆったりしていると、ふいに美貴代さんに尋ねられた。

「ねえ、迅君。効能付きってどうやって作るの。普通のとどう違うの ?  何か特別なモノとか使うの ? 」


色々と興味津々なのだろう、更紗さんだけでなく皆も身を乗り出している。

「いや、特別なモノを作っているわけでもないんだけれど。レシピそのまんまですから。そうですね。見て貰った方が早いかも知れない」


余興のノリで皆の目の前で、効能付きのプリンを作って見せる。ここには大型のオーブンがあるから、それを使っての蒸し焼きだ。

丁度注文が入っていたことだし、後で梛君に持って行って貰うかと軽く考えての選択だった。勿論、パントリーや冷蔵庫には材料は揃っている。


じっと集中している5対の目に緊張しながらも、作業をすすめていく。

「ああ、これはレシピに書くのは難しいわ」

「人によっては、見ても駄目かも知れない。魔力を注ぐ力加減がこんなに繊細だなんて」

更紗さんと美貴代さんがそう呟いた。


「え、どこが違うかわからないわ」

そんな二人の言葉を聞いて、雅さんはちょっと困り顔だ。


 俺には全く見えないのだが、更紗さん達が言うには俺がプリンを作っている時は、何か魔力をつかっているのだという。かなり細かく繊細な工程が見えるという。


もしかして、と思い至って祖母ちゃんのレシピでプリンの頁を見せたが、残念ながら皆さん白黒にしか見えないという。

そこで、思いついた。俺の作業がならば。


「ちょっと、時間をもらえますか。このレシピ、俺が見ているのと同じように書いてみます。家から色鉛筆とかを持ってきます」

そういって、集会所を出ようとしたら。


「迅さん。色鉛筆なら持っています。お貸ししますよ」

梛君がにこやかにそう言って、色鉛筆などを出してくる。

え、君、もしかしたら水色の耳が食われちゃったネコなの。そう思った俺は悪くないと思う。


 借りた色鉛筆やマーカー ! を使って俺の見えてるカラフルレシピを書く。それでもう一度、プリンを目の前で作ってみせる。


更紗さんから時々、

「そこでちょっと作業を止めて」

とか言われたりもしながら作り終える。どうも俺の書いたカラフルレシピに、更紗さんらが鉛筆で何やら書き加えたりしているようだ。


魔力の流れが見えるのはどうやら更紗さんと美貴代さんだけだったが、二人を中心に他の二人も説明されたことに意見を述べて話し合いになっている。


それで、どうもカラフルな部分はそこで使用している力の種類と強さなどを示しているようだという。例えばアンダーラインは弱く、点線だったら微弱、その色で文字で書かれているのは強く、とかね。


「さすが呪詛落としと言われるだけあってすごく複雑。これを再現するのは難しいわねぇ」

ふうっと息をはいて美貴代さんが言う。


傍らで静かに眺めていた梛君はニコニコ笑って口にする。

「皆さん。それでしたら研究会を立ち上げませんか ? 迅さんに単純なレシピを選んでいただいて、そこからどのように作るのかを解析し、他の人も作れるように研究してみませんか」


そう言って主婦達を唆す。皆様は、おおうと盛り上がる。

「迅さんも、よろしいですよね」

ニッコリ笑うその笑顔は、うん、お兄ちゃんによぉく似てますね。

「まあ、迅君。協力してくれるのね」

嬉しそうに更紗さんがこちらを見て、期待に目を輝かせている。皆の圧が。まあ、俺にはお断りをする理由が無い。


 そうして、立ち上がったお菓子研究会。会員は取りあえずここにいる人達だけにしてもらうことだけは、死守した。奥様方が増殖するのはちょっと、いやかなり恐いから。

「死守したことには、ならんだろう」

ここに酒呑がいれば、そう言って笑うかもしれないが……。

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