第20話
「おう、坊主。でかくなったなあ。俺を覚えているか ? 」
ガタイがよく、声のデカいおっさんがやってきた。身長は低めだが、ガッシリした身体つきと雰囲気で、なんかデカく見える人物だ。
何処かで見たかなと思っていたら、いっちゃんとは、雑貨屋のおじさんだった。子供の頃に田舎に遊びに来た時に、駄菓子を買いに何度か行った事がある。顔はうろ覚えだが、このでかい声は覚えていた。
雑貨屋のおっさんが薬剤師、この村どうなっているんだろう。あの雑貨屋で薬も売ってたのかな。
「いや~、いいねあの薬。うん。単刀直入に言おう。対価は払う。作り方を教えてくれんか」
「それは良いですけど。でも、薬の調合や売買って資格がいるんでしょう。新薬を認めて貰うんだって、色々と大変だと聞きます。そこら辺は良いんですか」
俺はこっちに戻ってきてから、薬関係については調べたんだよ。いや、あちらで薬とか扱ってたから。でも、薬の調合については薬剤師になる必要があるって知って止めた。だって、大学行き直しになるし、卒業まで6年かかる。ちょっと踏ん切りがつかなかったんだ。
「心配すんな。俺は薬剤師、もっとるぞ。それに売買関係は『コリ』が動くからな。まあ、新薬として表立っては扱われないしその辺は任せておけ」
なんだろう、『コリ』って恐い。
「でも、簡単には作れないと思います」
「何だ、菓子と同じでお前さんの能力がいるのか」
おっちゃんは顔を顰める。
「いや、それは大丈夫だと思いますよ。ただ、薬草の問題です。箱庭で育てている薬草で作っているんで」
こっちにきて同じ植物を見掛けて事は無いのだ。
と言うことで、取りあえず箱庭に案内する事にする。いや、畑にも一部あるけどさ、全部については箱庭なんだ。箱庭には招待っていうのがある。俺が招待すれば、登録していない人物でも一緒には居ることはできる。現在登録しているのは祖父ちゃんだけだ。酒呑は、あれはそういうものでは無いらしい。なんか癪だ。
そう言えば畑に植えた薬草は、今のところ上手く育っている。でもまだこちらを使っての調合はしていない。
「確かに、俺は知らんな。見たことのない植物だ。これは外では育てられぬのか」
「ええ。日本のものじゃないですから。今、畑に一部は植えて様子を見てるんです。だから多分、外でも育つと思います」
「少し株を分けてくれんか ? 」
「どっちのがいいですか」
「そうだな。良ければ両方とももらえると有り難い」
まあ、多分そうなるだろうなとは思っていたんだ。だから、箱庭に頼んでこちらの分については、まとめて貰っている。全種類の株が10本ずつ箱に入っておいてある。株は一つずつポットに植えてある丁寧な仕事だ。
畑の分は二人で状態を見ながら幾つかポットに植え替えた。
「これをうちの薬草園で栽培してみるよ。うまく育つようなら、薬にして薬効を比較してみるか」
雑貨屋のおじさんはウキウキしながら、軽トラの荷台に苗を積み込んでいく。
「植物なんで、育てた場所で薬効が変わったりするからな」
本当に楽しそうだ。なんとなくこの人なら問題なく育てられる気がする。
結局、薬草がうまく育ったら調薬方法を教えることとなった。
「この前のぬっぺふほふといい、最近は楽しみが続くな」
おっさんは上機嫌だ。おう、あの奇妙な物体の行き先は、雑貨屋のおっさんのところなのか。
『コリ』で処理されたアレは焼き肉と角煮、餃子なんかにして食べたんだが、確かに美味かった。日持ちしないし、ベーコンなんかにも出来ないと言われてたんで全部一度に食べちゃったんだけど、言うほど酒呑が食わなかったのが意外だった。
そんなやり取りがあったせいと漸く乾燥などの下準備が整ったので、外の畑で育てた薬草を使って薬を兆具してみた。家と箱庭両方で。残念ながら、薬効は殆ど現れず失敗となった。
「なんじゃ、お前。随分気落ちした顔をしおって。それにその腕はどうした」
離れから丁度出てきた酒呑が声を掛けてきた。俺は箱庭の家の縁側で試していたところだった。後半の言葉は、箱庭産の傷薬を腕に付けている俺に対してだろう。両腕が包帯でぐるぐる巻きだから。いや、実験は必要だろう。失敗したときの備えだって。
「いや、薬草の栽培が上手くいかなかったんだよ。薬を作るのは箱庭限定だなあ」
ぼやいた俺に酒呑はふんっと息をはく。ちょっと顎に手をやるとどこか思案げな表情でふむふむと頷いている。
「お主、外で薬草を育てるのはちょっとした手間がかかるのだと箱庭が言っておるぞ」
はい ?
この世界での魔力とあの世界での魔力、二つの魔力は同じようでいて少し違う。あちらの世界で魔力を受けて育った植物は、こちらの世界で育つにはその魔力の違いを馴染ませなければならないのだそうだ。単純に言えば、この世界の魔力を吸収できる形で与える必要があるとか。
「まあ、魔力で作り上げた水をまずやること。それに魔力の光や風にあてること。幾つもの形でこの世界の魔力に晒し続ける事が肝要なのだそうだ」
それから、箱庭の家畜小屋の寝わらなどを肥料にして土に混ぜてやると良いともアドバイスを受けた。
ただ、そうやって馴染ませたとしても残念ながら1代目は効能は殆ど見込まれない。だが、そうやって育てていけば2代目、3代目となれば徐々に馴染んでいき、薬草として利用できるものになるだろうと。
箱庭の中で俺が自分の腕を切って薬効の検証をしたことに、箱庭はちょっと吃驚したようだ。それで、慌てて酒呑を通じて薬草についての話をしてくれたみたい。それが良かったのか悪かったのかはわからないが、良い事を教えて貰って、早速箱庭には御礼に何か作ろうと考えていると。
「おい、俺には何も無いのか」
偉そうに仁王立ちで腕を組む酒呑が目の前に立ちはだかる。俺はその日の夕食にフライパン大のハンバーグを焼くことを約束させられた。まあ、仕方が無い。箱庭にも勿論、お供えをしたさ。
酒呑は、今まで食べたことの無い料理というのを出すと気に入って、よくリクエストするのだ。今はハンバーグに凝っている。
薬草の栽培については、その晩逸郎さんの家へ電話を掛けて知らせておいた。時間が掛かりそうだなあと、電話口の向こうで笑っていたが、相変わらず大きな声だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます