第19話 逸郎さん


 酒呑と出会う前と後、徐々に変質していっている気はしている。祖父ちゃんは風を使って、色んな作業をそれで済ませていてなんか凄い。雑草だけを切り落とすとかどうやってるんだろう。祖父ちゃんが手ずからやってるのって、収穫するときぐらいじゃないだろうか。だから、仕事が大変早い。


その様子を俺に平気で見せられるようになったので、楽になったと言っている。俺はあんなに上手くは仕事は熟せない。経験の差 ? いや、よくよく注意深く彼方此方見ると、どうやってるんだろうと思う事がある。祖父ちゃんが使い魔で小さい人達を使役してるんだと言われても俺は驚かない。

妖物の肉にせよ、異能にせよ確実に日常も感覚もそれらが入り込んでいる。

哀しいことに異世界で過ごした3年間があるせいか、あり得ないことの境界線が曖昧になっている気がする。



「こんなのが跋扈しているって。ちょっと遠慮したい」

 酒吞が持ってきた獲物を眺めてそんな台詞に口からでる。そのあまりもな匂いに顔をしかめる。

全長1m強ほどのそれは、なんか手足のある肉の塊の様なモノだった。ぷよぷよしていて、食欲はそそらない。それに、匂いが堪らなく嫌な匂いだ。


「ああ、珍しいんで持ってきた。俺も本当に久方振りで見つけた。

コイツは美味いんだぞ。ただ食われたくないから、嫌な匂いを発しているが。きっと処理をすれば、匂いは消えるのでは無いか」

「ああ、そういうのってあるよな」

二人で話しているところに、祖父が帰ってきた。庭の獲物を見て


「おう、久方振りに見たぞ。ぬっぺふほふじゃねえか。でかした酒吞 !

この肉は、他所に分けてやってもいいか」

「構わん」

祖父ちゃんは喜んで、連絡を取るために家へと跳んでいった。呆気にとられた俺を置き去りにして、戻ってきた祖父ちゃんは検分している。

あの匂いにあのぷにぷにを良くも触れるものだと、感心してしまう。


「初めてだと、この匂いはキツイよなあ。でもな、この肉は薬効成分が高い。不老不死の仙薬になるとまで言われているんだぞ。その処方は、未だ不明だがな。

だが、それ以外でも薬の原料として珍重されているんだ」


「誰か、具合でも悪いか」

薬になると聞いて、祖父ちゃんの喜びようからもしかしたらと、思い至って心配になる。

「いや、今は特にはな。だけど処理しとけば、薬にしとけば結構保つんだ。また、病に罹った者が出るやもしれないんでな。いろんな処理は『コリ』でしてもらえるしな」


酒吞はフンっと横を向いた。祖父はそんな酒吞を見て、とても穏やかに少し淋しそうに笑った。

「やっぱり、お前も気にしてたんだな」

そう呟いた。誰か、間に合わなかった人が居たんだろうか、ふと思うがなんとなく聞けない雰囲気だった。


「今更、ではあるんだがな」

「いや、喜ぶさ。まだあれは見つかっていない。また誰かが引っかからないとは限らないからな」

俺は作業をするために奥に引っ込んじまったので、二人の会話の後半は聞こえなかった。



 祖父ちゃんが堂々と狩りに行くようになったので、俺はお弁当やら自作の薬やらを持たせるようにもなった。いや、それでなんかお弁当の内容についてリクエストされるようにもなってきたんだ。

「で、オハギをつくれって」

「おう。菰野達と組んでいくんだがな。オハギが食べたいって言われたんだよ。で、」

なんと材料持ち込みでお願いされたらしい。糯米と小豆が鎮座ましましている。


俺自身はどうにもオハギは好きではない。甘い御飯ものが全般的に苦手なのだ。ザラメなどが付いている煎餅も苦手だ。で、オハギは当然、苦手なのだ。


「まあ、ばあさんはオハギは好きだったんでよく作ってたんだよ」

特に今の時期、お彼岸に近いということもあるしとまで言われると、もう断る言葉が無い。そういや、祖父ちゃん、オハギ好きだよね。

「祖父ちゃん、キタネエ」

ポソッと小声で呟いた。

ええ、作りましたとも。ちゃんと祖母ちゃんのレシピを見ながら。自分は食べないけどな。


オハギは皆様に大変好評だったそうだ。

「また食べたい」

と言う声は、聞こえないふりだ。



 そんなこんなで日常は過ぎていっていく。



ある日の事、祖父が帰ってきて開口一番、

「すまん!」

ときた。何事かと思ったら。


「お前の作った傷薬を狩りに持っていっただろう」

「いや、そのために持ってってもらったんだから。それで」

何となく、嫌な予感がする。

「でな、俺は怪我しなかったんだが」

なんだ、その姿を見てそうだな、良かったなと思っていると。

「一緒に行ってた奴が怪我してな。まあ、大した事じゃあなかったんだがな」

それでも念の為迅の薬を使ったところ、その効き目を見て驚いたそうだ。


「お前、傷口がすぐに塞がるとか、何だあれ」

「いや、異世界の薬ってあんな感じだった。まあ、病気対処法は全然だったんだが」

「で、一緒にいたいっちゃんが興味を持ってな」

誰だろう、いっちゃん、そう思いながら、

「で、」


「明日、お前に会いに来る」

決定事項のようだ。祖父の目がそう語っている。

「なんで ? 」

「お前の薬について、聞きたいそうだ」

いやいやいやいやいや、俺は薬剤師じゃないからな。薬は御法度だぞ。そう騒ぐ俺に対して、祖父ちゃんは平然という。

「大丈夫だ。いっちゃんは薬剤師だ」

なにが大丈夫なのだろうか。薬剤師だって、勝手に作ったりできんだろうに。

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