第18話
物見の巫女である山野辺のおばあちゃん。あの後、カステラプリンを気に入っていると聞いて、定期的に山野辺さんのお婆さんに持っていっている。勿論、箱庭産の卵と牛乳で作っている物を、だ。箱庭印は滋養強壮に良いって言われたことがあるんだ。
前々から食欲があまりなくなってきていて、山野辺さんご夫婦はおばあちゃんの事を心配していたんだとか。ところがあの日、俺が作ったカステラプリンとか蒸しパンとかはペロッと食べちゃったんだそうだ。しかも翌日、かなり体調がよくなったんだとか。
元々山野辺のおばあちゃんは体が弱くって、祖母ちゃんの作ったお菓子などで体調を整えていたらしいという話を後から聞いた。きっと祖母ちゃんが亡くなったことは、彼女にとって精神的にも肉体的にも痛手だったのだろう。
カステラプリンも蒸しパンもとても喜んでもらって、体調も良くなったと聞いたので、山野辺さんのところへお裾分けじゃないけど、その後もカステラプリンなんかをもっていったんだ。勿論、あのミント水込みで。俺としてはミント水の方の効果じゃないかと思っているんだが。
「君のお菓子は商品として売られているモノがあるのだから、こういうことはきちんとした方が良い」
持って行って三回目に山野辺さんがそう言い、お金を渡されそうになった。でも、何か押し売りみたいな感じで嫌だなと思ったんで、物々交換にして貰うことにした。
山野辺さんのところは専業農家で、色々と作っている。それでうちでは作っていない野菜なんかを分けてもらう事にしたんだ。ビーツとかロマネスコとかコリンキーとか。買ったこともないような野菜が沢山あるんだよ。
酒呑は肉以外もなんでもそれなりの量食べるし、祖父ちゃんは年寄りとは思えないぐらい食べるし、俺もそれなりに食べるし、ということでそっちの方がいいということになった。
まあ、そんなやり取りがあって割と山野辺さん家とは行き来している。んで、山野辺さんとこの小母さんともよく話をするようになった。
山野辺さんの小母さんは道の駅の婦人会などでお菓子を作っているという話を聞いたのだ。ということで、祖母のレシピが話題にのぼったんだよ。
前に小母さんも祖母のレシピを見たことがあったんだそうだけど、白黒仕様にしか見えなかったという。
「そっか。じゃあこれがカラフルに見える人間が、効能があるモノをつくれるのね」
小母さんは、ちょっと残念そうだった。
「カラフルに見えるっていうことが、何を意味しているのかちっともわからないですけどね。しかも、お陰で俺は普通のお菓子は作れないんですよ。カステラプリンだって祖母のレシピになかったのに。まあ、祖母のレシピの作り方は参考にしましたけど」
山野辺の小母さんとそんな話をしていて、ある可能性を思いついた。効能が付くというのは付与魔法と同じでは無いかと。だから、カラフルに見えるレシピはその付与をつける手順ではないかと。そのカラフルの意味は判らないが多分読める人間は、それを身につけられるのではないかと。
そう思いついた事で、意識して魔力を切れば効能無しのお菓子が作れるのでは無いか。思いついたが吉日で、とばかりにクッキーとプリンを作ってみた。最初は魔力を切るという感覚がうまく掴めなくて失敗したが、何回か練習したら上手くいくようになったのだ。何故それが判ったのかというと、祖父ちゃんとかに食べ比べて貰ったからだ。
「味は同じなんだが、体力が回復しねぇな。なんか損した気分だ。いや、美味いんだが」
パウンドケーキを食べた祖父ちゃんが、複雑な顔でそう言った。
ある日、綿貫さんが山野辺の小母さんと一緒にやってきた。
「お土産用のお菓子、ですか」
山野辺さんは申し訳なさそうに言ってくる。
「ごめんね、迅君。あなたのお菓子の話が婦人会で盛り上がっちゃって。ほら、効能がないクッキーとかプリンとか沢山つくったでしょ。あれ、皆にお裾分けしたら、大好評だったのよ」
練習で作ったクッキーもプリンも沢山になったので、山野辺さんにお裾分けをしたのだが、そんなところに振る舞われていたのか。
それを綿貫さんが聞きつけたらしい。それで綿貫さんは、証人としての山野辺の小母さんを引き連れてきて、効能付きのモノだけでなく、効能無しのお菓子を道の駅のお土産コーナーで扱いたいという話を持ってきたのだ。効能なしのお菓子に需要があるとは思ってもいなかった。
「はい。効能無しのお菓子も作れるようになったと伺いましたので、そちらをお土産品としてお願いできないかと。土淵さんのお菓子は、効能も然る事ながら味も評判なんですよ。きっとお土産として人気になります」
ニコニコ顔の綿貫さん。俺の額には汗が一筋。
「いや、この前、俺が自分のお菓子の効能を認識したならば、他の地区からの注文を受けて欲しいとか、他のレシピの再現もして欲しいとか言ってたよね。で、普通のお菓子もってことかな。なんか仕事が段々増えてきてるんだけど」
「はい。勿論、物見の巫女様がお好きなカステラプリンも可能ならばお願いしたいです。カステラプリンも勿論、お菓子バージョンと両方をお願いできれば。カステラプリンって流行っているようですよ」
ニコニコ顔の綿貫さん。押しが強いです。
山野辺のおばあちゃん用のカステラプリンは特別製だ。あれはそれほど作れない、そう言うと、効能付きカステラプリンは上限ありの完全受注生産にしますからと言いだ出す始末。
「いや、でもカステラプリンに効能があるのかどうかは判らないですよ。だって、あれば祖母のレシピを一部流用してますけど、ネットとかで調べたものですから」
綿貫さんの圧に対して、一応抗ってみる。だって、俺には鑑定とかないから、効能とか言われても判らないと。祖母ちゃんのレシピだって効能とか書いていないんだから。
「カステラプリンの効能は、気力回復、魔力回復、精神強化になるそうです。うちにいる鑑定持ちに鑑定させましたから確かです」
ニコニコ顔の綿貫さん、衝撃的なワードを宣った。
鑑定持ち、ここにも居るんだ。
「鑑定持ち。じゃあ、効能とかについてのチェックとかもできるんだ……」
羨ましいぞ、鑑定持ち。心の中で会ってみたいと思ったのを読み取られたんだろうか。
「はい。それに関しては問題ありません。土淵さん。おばあさまのレシピの再現については鑑定持ちを派遣します。今度一緒に挨拶に伺いますので、よろしくお願いします」
なにか、なし崩し的に色々な事が決まってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます