第16話

 布団から上半身を起こしているとはいえ、その姿は凛としている。その雰囲気に少し気圧され気味だ。


「こんな格好で、ごめんなさいね。この頃、ちょっと起きるのが面倒でねえ。

でもまさか迅ちゃんが、鈴花さんの後を継ぐとは思わなかったわ。肩の力を抜いてちょうだいな。そんなに緊張しなくてもいいわよ。貴方の力を見るだけで、それ以外は見えないから」


その声は昔と変わらずに優しく、思わずホッとしてしまう何かがあった。

姿勢を正して、正面を向き物見の巫女と目が合う。ふわっとその目の中に引き込まれそうな何かを感じたが、それは一瞬で過ぎていった。


「あらあら」

少し、戸惑い気味に物見の巫女は言う。


「貴方、昔は力を全く感じなかったのにね。封印されているからなのね。でも、その封印が両の手を中心にすこしほつれているわ。それで力が放出されて、箱庭に力を与えられるようになっているようね。

あなたの箱庭は、あなたに、憑き物ね。貴方の力そのものではないわ。でも、あなたの箱庭はとっても貴方を気に入っているから。余程の事が無い限り、貴方と共にいるでしょう。

貴方からの力の供給が増せば、拡がっていくかもしれないわ」


「拡がるって」

「そうね、今は一軒家ぐらいの広さかしら。受け渡される力が多くなれば、家自身が大きくなるという事もあるでしょうし、敷地がより広がっていくのじゃないかしら。もっと力が増せば何軒も家が建つこともあるでしょうね。

また、何か力を得るような事が起きれば、広がっていくでしょう。

ただ、あなたの力はまだ、封印されたままだからねえ。その封印が解けなければ、さほど広くはなれないと思うわ」


ほうっと息を吐くと、

「鈴花さんが前に言っていたの。貴方が5歳の時に、一時力を感じたんだって。でもその後はまったく感じなくなったので、気のせいだったのかしらって。

そうじゃなかったのね。きっとあなたが5歳の時に、貴方の力が封印されるような事があったのね。

でも、今の私だと貴方の力を封印したものが何か、どうやったら解けるのか迄は、読み取れないわ。その封印が解けないと、貴方の持っている力も見えないわね。ここまでしか判らなかったわ」

少し疲れたのだろうか、彼女の顔色も悪くなったように見える。


「ごめんなさいね。ちょっと横にならせて貰うわ」

申し訳なさそうにそう言って、物見の巫女は横になった。



「どうもありがとうございました。あの、蒸しパンとかお土産もってきたので後で食べてください。あと、この飲み物は口当たりも良いので、飲みやすいと思います」

そういって、飲み物を枕元に置く。


「あら、ありがとう。後で頂くわね」

もう一度深く頭を下げて挨拶をし、部屋を出た。


居間では、祖父が山野辺の叔父さん達とお茶を飲んでいた。

「あの、巫女はちょっと疲れたといって横になっています」

俺が伝えると、

「ちょっと、様子を見てくるわね」

と小母さんが部屋を出て行った。お姑さんの面倒は小母さんが見ているんだろうか。


残った小父さんに

「今日は、ありがとうございました」

そう伝えると、

「いや内の祖母ちゃんのお役目だからな」

そう笑って応えてくれた。


何が見えたのか、それについては一切尋ねてこない。それは本人やその話が必要な者以外、聞く必要は無いからだ。誰がどんな能力を持つのか、関わりが無ければ知ることはない。

そうして、山野辺家を後にした。



 物見の巫女として言われたことを酒呑と祖父ちゃんに告げる。そうすると、二人とも首を傾げる。

「封印されているってか。なんでまたそんなことに。お前が5歳ってことは、今から17年くらい前か ? その頃になんかあったかな。記憶にねえな」


「ばあさんやお前のプリンを食べてもそのまんまということは、呪詛とかじゃあないんだな。まあ、物見のばあさんですら判らんことは俺が考えても判らんだろうよ」

祖父はとっとと投げた。


「箱庭は憑き物だったんだな」

「俺の能力っていうのとは、違うって言われた。俺についている憑き物だって。酒呑も言ってたけど、封印の綻びは手にあるらしい。で、この綻びから漏れてくる力を得ていると言ってた」

俺はなんとなく両掌を開いて眺めてしまう。何も見えないが。


「多分、封印が綻びたのはお前の言ってた異世界転移っつう奴のせいかもしれんな。でも、そうすると、箱庭は随分と昔からお前に憑いてたのかな。それとも向こうで憑いたのか ?」

祖父ちゃんは顎に手をやり思案顔だ。

「ああ、それは聞いていない」

言われて気が付いた。そうだ、どちらの存在なのだろう。なんとなく、こちらの世界のモノのようにも感じるんだけれど。


「そうだなあ。箱庭はどっち産なんだろうね」

俺と祖父ちゃんの二人が話しているのを聞いていて酒呑が

「なんじゃ、箱庭っていうのは」


ということで、翌日は酒呑に箱庭を案内することになった。


箱庭の家は、日本家屋風になったままだ。俺は今の方が気に入っている。

「コイツはすごいな」

色々と見回った後で、酒吞は家の真正面で腕を組み仁王立ちしている。しばらくの間、何やらを難しい顔をしていた。


そうかと思ったら、ニパッと笑い、

「そうか、そうか。それでは離れは俺が貰おうぞ」

と言い出す。


「今な、箱庭と話をした。同じ主を戴く物同士だ。あの離れは、俺の寝床だ。離れから洞窟に行き来が出来るそうだ。箱庭はなかなか優秀な奴じゃな」


嬉しそうに言う。

「え、箱庭、話せるのか」

俺は前のめりになって酒呑に詰め寄ったのだが、

「お主とは無理じゃ。同じ主を持つ者同士、魔の物同士故に意思疎通が成り立つ。言葉を介すわけじゃないしな。箱庭はまだ未熟なのでな」

はははっと酒呑が笑う。なんだよそれ。すごく残念。


早速、酒呑は洞窟へと帰って行ったが、その後も飯を食べに来るようになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る