第14話

 翌朝、起きると酒吞はいなかった。食器などは台所の流しに積まれていて、食卓の上は綺麗に拭いてある。まずは、食器などを洗ってから朝食の用意だ。まあ、数は無いんで直ぐ終わる。


「ああ、彼奴か。夜明け頃に出かけだぞ」

起きてきた祖父が言う。


「昨夜、獅子狩りの話をしたら、思うところがあった様だ。そのうち、戻るだろう。戻ったら、飯を食わせればいい。いるうちは仕事を頼めば、ある程度の事はしてくれるぞ。酒と飯は必要だがな」


脳天気に祖父ちゃんは言う。その言葉に、「シシ」肉の事を思い出し、ちょっと複雑な気分になる。

 シシ肉、確かに旨かったけどさ。でもイノシシじゃないんだろ。妖物って食うのか。冷凍もんの解凍だと思ってたから再冷凍できないと思って、チャーシューとか角煮とかにしたけど、生肉だったら冷凍にできたのに。いや、そういう事じゃ無い。

 ちょっと、いろいろと考えが錯乱気味かもしれない。



 酒吞が戻ってきたのは、それから暫くたってからだった。庭先で大声で呼ばれたので出てみると、

「お主、獅子を見たこと無いんだろう。ちょっと行って狩ってきた」


担いできたのをどっと庭先に下ろした。

「コイツが、獅子だ。ちょっと小柄かな。これでまた、美味いもんを作ってくれ」


沖縄にあるシーサーのような狛犬のようなそれは、金色の体毛で覆われていて、尾と鬣は赤く輝くような色をしている。全長で2mほど。


「こりゃ良い。コリに頼んで下処理を頼もう」

縁側から庭先の酒呑と獅子を見て祖父ちゃんは、嬉々として電話をかけに部屋へ戻っていく。自慢気な酒吞と庭に置かれた獅子を見て、俺は絶句した。



 酒吞の狩ってきた獅子を受け取りに一団がやってきた。その中に菰野さんも混じっている。菰野さんは俺に気がつくと、ニコニコしながらこっちにやって来る。もみ手をしている幻影が見えそうだ。


「幾太郎さんが仰ってましたが、この村でやって行かれると。皆、喜んでいますよ」

品物の配送は明日だったので、明日会えば同じ事を言われたんだよなと思いはするが、なんと言って返すのかちょっと悩む。

「まあ、酒呑と契約しちゃいましたからね」

適当に笑って誤魔化そうかとも思ったが、そうもいかないだろう。菰野さんはウンウンと頷く。何にだろう。


「実は二日後の夕方にこの地区の集会があるんです。村について知るためにも、是非顔を出してもらえませんかね」

ニコニコ顔の菰野さん、なにか胡散臭く感じるのは何故だろう。それに無言の圧も感じる。


「いや、その。祖父が行くと思いますので、私まで行くのも」

「いやいやいや。この村の事を理解するには良いですよ。皆も歓迎すると思います」

結局、押し切られてしまった。


 酒呑の持ってきた獅子は彼等によって回収されていった。解体処理などを行ってくれるのだという。あれを俺に捌けといわれても無理なので、大変有り難いことだ。


『コリ』は多方面に対処できようになっているらしい。農業法人という側面もあるが、様々な物品の売買取引などの許可なども取得済みだという。勿論、農業法人だけではなく幾つかに分かれているそうなのだが。

コングロマリットみたいなもんだろうか、知らないが。

今回も認可をうけた食肉処理施設があるから、大丈夫とか言われた。


そもそも妖物に関する営業や何かをまとめてする為に作られたモノだという。そういえば、俺のお菓子の販売については食品衛生責任者資格は取らされたけど、それ以外は全部フォローしてもらっている。


「別に裏取引とかしているわけじゃないぞ。に商品として取引しているだけだからな」

祖父ちゃんは笑って説明してくれた。そういうモンなのだろうか。


「おい、幾太郎。我が獲ってきた獅子はいつ戻る。我はあの肉で迅が作った料理を食べたい」

酒呑はそういう風になっていることは承知らしい。とっても嬉しそうにしている。

「肉か、多分明日か明後日ぐらいだろう。肉以外に何か欲しいモノはあるか。無ければ全部売っ払うが」

祖父ちゃんはそんな酒呑の方を向いて、問いかける。


「む。肉以外はいらん。好きにせえ。だが、その代わり、色々な肉料理が食いたい」

と俺の方を向いて宣った。要するに、俺に作れということだ。

「迅。獅子は皮でも内臓でもなんでも捨てるとことなく使える。だから高値がつくんだ。酒呑に色々と食わせてやってくれ」

苦笑いを浮かべつつ、祖父ちゃんはまるで酒呑の為にという口ぶりでそう言うが、自分だって色々と食べたいんだろうと突っ込みたい。


「あれの肉だって、売ろうと思えば良い値段がつくぞ。なんでも東京の有名所のレストランなどでも取引しているって聞いたぐらいだ。今流行のジビエだったっけか」

祖父ちゃん、やっぱり食べる気満々ですね。酒呑と同じような顔をしているよ。



 二日後、まあ、祖父ちゃんと共に地区の集会というのに行くことになった。集会所はいつも調理場を使わせて貰っているあそこだった。まあ、そりゃそうだよな。あそこは集会所がメインなんだから。


「土淵さん」

集会所に着くと玄関先で待っていたのか綿貫さんが声を掛けてきた。彼の傍らにはもう一人青年が立っている。綿貫さんよりも身長が高くて細身だ。顔つきはなんとなく似ている印象だ。彼が連れてきた青年は、弟だと紹介された。

「あの時は、本当にありがとうございました。あのプリンのお陰で。もう手遅れだと言われていたのですが。もっと早く御礼をと思ってはいたのですが」

きっと、お菓子の効能がはっきりするまで、俺がそれについて知るまで待っていたのだろう。綿貫さんは弟の頭に手をやって頭を下げさせ、自分もこれでもかっていうぐらいに頭を下げてくる。


「いや、あの、俺はプリンをお土産で渡しただけですし。いや、その、まあ、役に立ったというならば何よりで……。あの、頭を上げてください」


実際に自分のプリンの効能をあまり実感していない。だから、なんとなく何かの間違いで御礼を言われているような気がしてならない。だから、本心としては綿貫さんとその弟の二人にそんなに御礼を言われて戸惑ってしまう。


二人揃って頭を下げられてオロオロした俺を見かねたんだろうか。

「綿貫、お前の気持ちは迅にちゃんと伝わったてるさ。酒呑と契約したから、この村の一員として今後も色々と接することもある。新米だからな、よろしく頼む」

 祖父ちゃんは、笑いながら綿貫さんにそう言って頭を上げさせた。

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