第12話
箱庭がレベルアップしたぜ、ヒャッフー ! とはなれない俺です。
あっちの世界では部屋や家畜小屋などが初期に増えたぐらいで、あまり変わらなかったのは何故だ。レベルアップならば、あっちに居た頃の方が大きかっただろうに。
こっちに来た途端、ちょっと庭や何やら大きめになったのは魔王を討伐したからかなとは思っていたけど。考えてみれば、戻ってきてからの方が使い勝手が良くなってないか ? ということに今、気が付きました。そうだよ、裏庭の薬草園だって前から拡がってたじゃないか。
昨日からの周辺の変化速度に頭が追いついていけない。そう思いはするが、他の所もチェックしなくては。
食料庫の中や家畜小屋を見て回ったが、こちらに違いは無い。鶏たちは今日も元気だ。
ここに来たついでに小屋の掃除と寝藁を替えようとすると、祖父も手伝ってくれた。
「お前、コイツらの世話はどうしてたんだ。ここに来てから、箱庭に頻繁に入れなかっただろう。それにしては綺麗なもんだが」
祖父は心配してそう言ったのだろうが、
「ああ、大丈夫だ。俺がここに来れない時は、お世話してくれる存在がいるから。でも、会ったことはないんだ」
「ほう。本当に
沁み沁みとそう言った。迷い家でも他の者に会うことは無いものがある。
祖父の出会った迷い家はそうだったのだろう。
「でも、ここは箱庭だよ」
そう俺が言えば
「そうだな」
穏やかに祖父は応えた。
家に戻ると、昼飯の時間は過ぎていた。慌てて昼飯の用意を。せっかくだからと持ってきた箱庭の鶏の卵を持ち出してきて、オムレツを作って食卓に並べる。
「酒吞が来たら、この卵の料理を出してやると喜ぶぞ。あいつは、甘いものは好きじゃないが、酒の肴になる様なモノは好きなんだ」
それを聞いて俺は顔を顰めたんだが、その表情を見た祖父ちゃんは笑う。
「いや、お前。そんなに悲壮な事でもないぞ。アレがいれば、この村では無敵だぞ。それに都会にしてみても、交通事故だなんだって気にしてないだけで死ぬかもしれない可能性は日常にあるだろう。同じ様なものだ」
俺が顔を顰めたのを、この村の危険性に思い至ったと祖父ちゃんは思ったのかな。そうじゃないんだ。
「なんで、今までこの村周辺だけで化け物についてなんの問題もなくやってこれたんだ。ま、実際に外に逃げた連中もいるから色んな化け物の話なんかが彼方此方にあるんだろうけど」
「ああ。周期があるみたいでな。妖物や魔の物が多く出現するときと、そうでも無い時と。多い時は打ち漏らすんだが、平常は大体この村周辺で十分に刈り取れる」
気負い無く祖父が言う。
「この村のモンには魔の物の血を引く者が多い。それで大なり小なり異能を持つ。だから、問題なく対処できる。その上、あいつらの死骸は中々高値で取引されているんだ。色んな使い方ができるんでな。
その関係で、取引などをするから洞窟のある場所同士でネットワークが構築されている。それに、この村で生活する限り、異能を持っていても何も問題は無い。他の町で生活するには、その力がばれると色々と問題もでてきそうだしな」
なんとなく、祖父の言いたいことは判る。俺自身だって、異世界で身につけた力を周りに見せようとは思わない。大学では、そこら辺は気をつけてたんだ。
「ま、お前の存在はここでは大いに評価されてるぞ。お前のお陰でこの頃は怪我人などが減ったからな」
祖父の言葉に首を傾げた。何故 ?
「お前の作った菓子だよ。他の連中がばあさんのレシピを用いても、菓子にしかならんかったんだ」
「いや、あれはお菓子だろう」
俺は首を傾げる。どう考えてもプリンもクッキーもマドレーヌもお菓子に過ぎない。
昨日のあれこれで忘れてた。そういえば、プリンについては何も聞いていない。
「そうだ。だが、ばあさんやお前が作ったモノは、それだけじゃない。体に力をみなぎらせたり、呪詛を解いたり、怪我を直させたりする力を持つ。どんな理屈かは俺にはまったく判らんがな」
開いた口が塞がらない。そんな話は聞いたことがない、この世界では。いやあっちの世界でもお菓子とは結びついた話は聞かんかった。
「だから、売るのを勧めた。ばあさんが居なくなって、その手のモノがこの村では入手し辛くなっていたからな」
祖母ちゃんのお菓子の効能。祖父ちゃんが言うには、妖物と対峙した者達がそれによって齎された怪我や呪いを払うという。妖物の中にはちょっと特殊で普通の薬では傷の治りが良くない質の悪い奴もいるそうだ。そうした妖物の傷だが、俺のプリンを食べてからなら普通の薬で治療できるそうだ。要するに傷の浄化に役立つらしい。
え、プリン食べられない状態ってどうすんだ ? 傷口に塗るんですか、そうですか。あんまり想像したくない。
村にいる巫女という人達は傷の浄化も出来るそうなんだが、この所、そうした案件が増えたというので、かなり消耗が激しかったらしい。そこへ、俺のプリンの登場ってか。ああ、プリン一つがあんなに高額なのは、そのためだったのかと今更になって思い至る。薬枠だったのか。
「いや、何が違うんだよ。俺、特別な事はしていないと思うぞ」
祖父ちゃんが態々嘘をつくとは思ってはいないが、俺の作ったプリンがそんな能力を持っているとは、どうにも納得がいかない。
「そうは言うけどな。綿貫の弟は、お前のお菓子で全快したらしいぞ。お前が納品した菓子類は、きちんと一定レベルの効能を発揮しているのはきちんと検証もされている。この村で今後も生活していくんだったら、他にもできないか向こうから話があるかもな」
なんとなく、綿貫さんのあのニコニコ顔が目に浮かぶ。そうだ、菰野さんからはオハギを作ってもらえないかと言われた事がある。俺はオハギ、嫌いなんで断ったんだが。
「不思議だよなぁ。俺も見たがあのレシピ、別段普通の調理行程が書かれているだけなのに。お前がアレを見て作ったものには効能が付加されるなんてな」
祖父ちゃんは顎をこすりながら、そう口にする。
「そうだね。俺にもそれは判らないよ。あんなにカラフルに書いるの、何か意味があったのかな」
俺も首を傾げながら、同意する。だが、祖父ちゃんの顔つきが変わった。
「迅、お前、あのレシピがカラフルってどう言う意味だ」
前のめりに問われて、ちょっと腰が引ける。どうしたんだろう。
「え、材料とか調理とか色がついてるじゃん。中にはマーカー引かれている部分もあるし……」
「いや、俺には白黒にしか見えん」
祖母ちゃんのレシピは、どうやら使う人を選ぶようだ。
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