第10話
話の途中だったのだが、弁当を食い終わると、酒呑はさっさと洞窟へ帰っていった。二人前以上食べて満腹になったのか満足そうにカラカラと笑い、
「では、日を改めてそちらへ参る。しばらく留守にしても良いように、少し片付けねばなるまいて」
そう脳天気に言い終えて。
俺は、鼻歌交じりで洞窟の奥へ戻る酒呑をぼんやり見送った。弁当、四人前以上は作ったと思ったんだが、祖父ちゃんも健啖家だしな。弁当は綺麗に無くなっている。
酒呑が去ったことでお開きっぽい雰囲気になってしまったために、後は家に戻ってから話そうという事になった。
帰り道、祖父ちゃんは黙々と歩いていく。話が再開されたのは、家に戻ってからだ。卓袱台にお茶とお茶菓子を用意したのは、俺が一人前に足らないぐらいしか食べられなかったので、まだ腹が減っているせいだが、ちゃんと食べたはずの祖父ちゃんも美味そうに食べている。
「酒呑と契約していたのは、ばあさんの方だ」
かつて酒呑は娘の沙由紀(要するに俺の母親だな)を、そして孫二人についてその力を吟味したという。そして、いずれも酒呑を受け継ぐような人材ではないという結論になった。そして、現在の村でも酒呑を引き継げるほどの者はいなかったという。
力が発現するのは5、6歳からで、15歳ぐらいまで変わる可能性もあった。それに期待していたのだそうだが、残念ながらまだ才があると思えた兄の龍一が、全く変化しなかったため、祖母は諦めたのだとか。
ああ、そのくらいからだよな田舎に行かなくなったのは。俺は兄ちゃんが高校生になったからだと思ってた。祖父ちゃんのいう暗示が掛けられたのもその時期なのか。
「じゃあ、今の俺には酒呑と契約できるだけの力があるということなんだ」
「まあな。だが、その力がどういう方向性を持つものだかは判らん。それにお前の様に、二十歳過ぎて顕在化したというのも今まで聞いたことがない」
祖父ちゃんは俺をじっと見る。
「で、お前、何があった。ばあさんが生きていれば、判ったかも知れないが、生憎と俺はそういった事には疎くてな。力をぶん回すのは得意だが、解析したりするのは苦手だ。
だが、明らかに今のお前は能力持ちなのだろう。ばあさんのレシピでお前が作ったプリンを食べて気がついたんだよ。ばあさんと同じ味がしたからな。
ばあさんのレシピは他の者では復元できなかったんだ。お前の料理は、確りと力の味が染みている。ばあさんの力と同系統のな。どこで、その力を手に入れたんだ ? 」
溜息を一つ。
「ああ。俺は、異世界召喚をされたんだ。そこで不思議な力を手に入れた …… 」
訥々と、魔王討伐の話をした。うまく纏めて話すことはできなかったのは、自分の中で誰にも話すこと無ければ良いと思っていたからかもしれない。忘れてしまおうと思っていたのだから。
そう思ってはいたのだが、本当は誰かに聞いて欲しかったのかも知れない。話始めて、そう感じていた。
こんな話をして、気がおかしくなったと思われるのは嫌だった。嘘つき呼ばわりも真っ平だ。本当だと、力を示して気味悪がられるのも、ましてや利用されるのも嫌だった。
だから、平凡に目立つこと無く生きていきたいと思っていたのだけれども。
それなのに、現実もファンタジーだった件について、文句を言っても良いだろうか。この世界に、なんでこんな事があるんだ。
自分が生きていた世界が、急に違う世界になってしまった気がする。俺、本当に自分が元いた世界に戻ってきているのか ?
「なるほどな。要するに別の世界に飛ばされて戻ってきたと。神隠しにあったようなものかな。だが、おかげで開眼しなかった能力が目覚めたということか。もしくは新たに能力が付加されたのか。
ふむ。作った物がばあさんと同じ味ということは、開眼した方と考えた方が良いのかな。そんな事も、あるんだな」
祖父ちゃんは、腕を組んで思案顔で俺の方をみる。
「それで性格も多少変わったのかね」
とか言い出した。
「へっ」
驚く俺に、淡々と祖父ちゃんは続ける。
「いや、大人になったからかなと思ったんだがそれにしては、温和しくなったというか流されやすくなったというか。お前、「兄ちゃんと同じモノはいらない。僕は僕だ」とか言ってたんだぞ。あの自己主張の強いところは無くなったよな。もしかしたら、それも神隠しのせいかもしれないなと思ってな」
考え深げにそんな事まで言いだした。そう言えば、大学三年の時にあった高校の同窓会で、担任だった先生に言われたことを思い出した。
「お前、随分と丸くなったなあ」
言われた時に、え、俺ってそんなにとがった性格だったの、誰かと勘違いしてないと思ったんだが。そんなこと、あるのだろうか。
「まあ、今までと生活がガラリと変わるわけでもない」
祖父ちゃんはそういってふふっと笑う。
「酒呑の面倒を見るという仕事は増えたがな。メシの量が増えるぐらいだろう。彼奴はお前のメシをえらく気に入ってたものな」
何かとても楽しそうだ。祖父ちゃんはプリンの販売が決まった時から、俺に秘密にしていた事をどうやって話すか色々と考えていたらしい。
酒呑は血に付くと言われていて、祖母ちゃんの系統でないと難しいのではと元々言われていたそうだ。だから、孫の代まで駄目だったことで祖母ちゃんは酒呑を洞窟に縛り付けたそうだ。酒呑があの洞窟の魔物を狩り続けるように。
だけれども、俺が新たな契約者になった事で少々風向きが変わったらしい。酒呑はこれまで同様に洞窟の魔物を狩ってはくれるだろうが、前よりも自由に動ける範囲が広がったらしいのだ。
「アレはな。割と気ままに彼方此方に出掛ける奴だったんだ。だから、まあ、仕方が無いとは思ってもいたんだが。あんな形だったが、お前が契約できて。うん、良かったのかもしれん」
祖父ちゃんが少し嬉しそうであるのは、そういう事なのか。
「勿論、お前がその異世界で身につけたという力で妖物を狩りに行きたいなら、酒呑と一緒に行くといいぞ。あれは強いから頼りになるからな。俺も良く狩りに行くからな、なんだったら一緒に行くか」
祖父ちゃん、そんな嬉しそうに俺を誘うな !
「俺は攻撃系はない。俺にあるのはクラフトと箱庭だけだ」
そう言うと、なんだか残念そうな顔をする。祖父ちゃんは戦闘好きなのか。その年齢で妖物狩りに行くって、なんだ。
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