第9話 粗忽者
丁度、祠の前には平坦な場所になっている。そこへ敷物を敷き、ザックから重箱をだして並べた。重箱は四段ある。花巻寿司を詰めたのが2段分、おかずを詰めたのが2段分。重箱2段で二人前の計算で詰めてきた。
「お前、随分早くから起きていた様だとは思っていたが。花寿司なんて随分と手の込んだモノを」
ちょっと、祖父ちゃんには呆れられた。
「ほう、美味そうでは無いか。幾太郎、先に酒は飲んでも良いか」
酒呑はそわそわして、杯の方と弁当を交互に見ている。
「契約もしていないのに、何を抜かす」
祖父ちゃんは険しい顔で、酒呑に言う。そう言われた酒呑はお預けを食らった子犬のようにシュンとする。なんかそんな顔を見たら、ちょっと気の毒になってきて。
「いや、別にいいんじゃないのか。このまま放っておいても勿体ないだろう」
俺は何も考えずにそう言ってしまう。
「馬鹿、お前……」
「おう。ではありがたく」
二人の声がハモり、酒呑は邪魔される前にさっと杯を手に取ると飲み干した。
「小僧、血一滴でこの味か。良かろう。お主をこの洞窟の後見として認めて契約してやろうぞ。そうだな、一日、血1合でどうだ」
酒呑は嬉しそうにそう告げる。
俺が呆気にとられていると、それに応えたのは祖父ちゃんだ。
「何を馬鹿なことを。そんな事をしては命が途絶える。一年で血一滴だ」
「それでは、力は出ない。なれば1月で血1勺でどうだ」
「馬鹿を言うな。お前にそんなに与えられるか、半年で血1滴だ」
「妥協してやろうぞ。1月で血一滴だ」
「仕方が無い。それで了承してやろう。1月で血一滴」
苦々しげに祖父ちゃんが言う。
「では、契約だ」
酒呑はそう言うと、自分の左手の親指を右手の親指の爪でさっと切る。そして血塗れの親指を有無も言わせずに、俺の額に押しつけた。それから、自分の左手の親指をペロリと舐めると、血が止まったようだ。何が起きた。
「迅、お前はもうこの村に住むことが決定したからな。
仕方が無いという表情の祖父ちゃんに申し訳なさが募る。
「今後は、さっき話をしてたように月に血を一滴、酒に混ぜて酒呑に飲ませろよ」
「おう、酒は一升で頼むぞ」
酒呑がそう付け加えると祖父ちゃんがまた酒呑の後頭部をひっぱたく。先程よりもよほどいい音がした。酒呑は後頭部を抱えて蹲っているが、祖父ちゃん、手、大丈夫か ? 身体強化でもしているのか、手は色すら変わっていない。
俺は、相変わらず迂闊だった自分に酒呑じゃないけれど頭を抱えたくなった。立て直した酒呑は大変上機嫌だ。まあ、いい。どちらにせよ、この村を出て行く気は無かったから。だが、今後はもっと気をつけなければならないだろうと心を引き締める。
弁当を食べながらこの村についての話を祖父ちゃんがしてくれた。隣では酒呑が脳天気に弁当を食っている。
「我が家は、代々あの洞窟の番人なんだよ。まあ、村自体がそうとも言えるが、最前線がココだな」
古き時代から魔の湧く洞窟がある。世に妖怪変化、魑魅魍魎の話が囁かれるのは、こうした洞窟から魔が湧きいて広がっているからだと言う。全国で判っているだけで本流が16本。この本流は潰すことができず、動かない場所なのだそうだ。この本流を中心として、支流ができる。本流の洞窟を中心として洞窟が新しく形成されるのだ。この支流は潰す事はできるが、そこからも魔が湧く。
この家の裏山にある洞窟は、そうした魔が湧く本流の洞窟の一つである。
湧いた魔は、この土地に住むモノ、別の地域に旅立つモノ様々とある。人に害をなすモノは、力を持つ人によって滅される。
その地域の者は、洞窟から湧く魔を屠ってきた者の子孫でもあるという。
魔の中には人に近しい者もいて、人との婚姻を結ぶ者もいた。異類婚で結ばれて生まれた子は、混じり者と呼ばれ、不思議な力を持つ者が生まれるのが常であった。
この地の者達には、そうした祖先を持つ者が多い。祖母も祖父もそうした系統だという。魔の物の血を引き、魔力を身に纏う。
また、人と契約をする者もいる、酒呑のようにだ。
洞窟から出てくる
その地域で全てを滅することができず、妖物が外へ逃れてしまう事もある。妖物が外で跋扈する事があるのだ。
洞窟から出現する妖物の数が多くなる事でこの村で打ち漏らしたモノ、この村の者の目を掻い潜って外へ出て行ったモノ。それらが日本の各地へ出現し、妖怪と呼ばれたものだろうと言われている。
魔の物も妖物も、その姿はこの世界に定着して形作られると言われている。人の心を読み取ってその姿になるとも。
そのせいなのか、今の時代は人々の感覚が変わったからなのか、妖物の形態にも変化が見られるという。今まで日本で伝説として語られたモノから外れるモノが出てきたと。
「ばあさんは、この村の中でも魔力が強くてな。
それに、ばあさんの作った食べ物はえらく好まれていた。力になったからな。本当にばあさんは有能だった」
祖父の話は、衝撃的だった。
「だが、俺の血と合わなかったのか。
俺らには子供は娘一人しか授からず、沙由紀の力は弱かった。ここで生きるには難しいほどに。沙由紀の息子二人、お前らにも、力は発現しなかった」
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