第8話 日常の裏側


 小さな洞窟か優に2メートルは超えるだろうというがっしりした体つきの男が、洞窟の奥から、不承不承という風に出てくる。その大柄の男の姿には見覚えがある。


「え、お手伝いさん ? 」


思わず俺は、口にした。その言葉を受けて大男はじろっとこちらを睨めつける。

「ああ、あの坊主か」

とこぼした。驚く俺を尻目に、お手伝いさんは俺の血の入った酒を凝視している。

「どうだ、酒呑」

祖父ちゃんの問いに、酒呑と呼ばれた大男は驚いたようにうめく。


「この芳しい香りは鈴花の血統のものだ。しかもここまで力の強い香りは久々ぞ。あの匂いも何も無かった小僧。当人からはさほど匂わんかったがな。今は仄かに香る。しかも、儂の気配もちゃんと感じているようだな。おぬし、何があった」

鋭くこちらを睨めつける。


二人の会話の意味がよく分からない。シュテンって、このお手伝いさんの名前か。シュテンは、酒呑だろうか。

なぜ、こんな山奥の洞窟の奥にいるのだろう。それに、この人の気配は人のものには思えない。


 いやいやいや、ここは現代日本だよな。俺、ちゃんと帰ってきたんだよな。パラレルワールドに送られてないよな。祖父ちゃんは、祖父ちゃんだったはずだ。大学でも変な話は無かったよな。なんだよ、なんでだよ。

この気配、駄目だよ、こんなところにあっちゃ。いや、なんだここは。いやなんだコイツは。ジジイ、俺を何に巻き込んだ。


頭の中では警報器が鳴り響いている。ちょっと軽くパニック気味かも知れない。だってこの気配は、このに決してあってはいけないモノだ。習い性で身体が勝手に気取られるように臨戦態勢をとる。相手にこちらへの敵意がないのは判るのだが、だからといって油断できない。


 あちらの世界で魔獣として恐れられていた連中と同質、いやそれ以上のヤバさを発している存在。魔王ほどでは無いとはいえ、自分の世界で、再びお目に掛かるなんて想像もしていなかったモノだ。


子供の頃に会った時は、こんな気配を纏っていなかった、ハズだ。お手伝いさんはもっと穏やかな雰囲気じゃなかったっけ。あれは抑えていたからなのか。それとも偽装 ? いや、自分自身がかつてとは違う、になっただけか ?


だがこの場所に立つ男からは、感知能力なんて無くたってヤバさを感じる事が出来る。自分達と同じ存在なんかではないと。


俺が混乱しながらも構えている横で、まったく動じない祖父ちゃんがいる。あんな迫力のある存在を目の前にして全く変わらないのは、その力が理解できないせいなのか。

それとも、かの存在が何なのか判っていて泰然自若に構えているんなら、祖父ちゃんもおかしい存在だということになるのか。


じろりとこちらを睨めつけて、祖父に向かって酒呑は言う。

「次の後見になるのか ? 」

それを聞いて、祖父ちゃんは俺の方を向いた。その顔は今まで見たことも無いほど、冷静な顔だった。


「迅。酒呑の力を見極められるんだな。酒呑が血の匂いを嗅ぎ分けられるということは、お前は本当に異能を得たんだな」

そう言いながら、祖父の顔に寂寥というか、諦めというかなんともいえない表情が一瞬過ぎる。


「この地にはな、こいつのような者達、俗に言われる化け物が沢山いるんだ。酒呑のように人に危害を加えないことを契約しているものから、人を食い物にするモノまで。これが、この村の実状だ。それでこれは昔からの事なんだ」

見なければ、判らないだろうと祖父ちゃんは夕べ言っていた。確かに、これを目にしなければ絵空事にしか感じない。


「迅。ここで聞くのは酷かもしれん。こうした化け物の棲まうこの地で、これからも生きていくか。それとも、出て行くか。ここで決めてくれ」


「俺が、ここから出て行くっていったらどうするんだ」

二人から一歩、離れて俺は問うてみた。

「そうだな。酒呑の事などは忘れて貰う。それで、もう二度と村に踏み入れないように強く暗示をかけなおさせてもらう」

祖父ちゃんは、淡々と話す。


「俺は、ここで生きていけるのか。そんな化け物相手に対抗できないぞ」

「それは問題ない」

答えたのは祖父ちゃんではなく、酒呑と呼ばれた大男だ。

「お主が我の契約主になれば、この地の奴らならば手を出さん。我の獲物を横取りすることができる程のモノなどおるまいて」

ニヤリと笑う。獲物、俺は食われるのか ? そう思って、さらに一歩下がって身構える。


すると、祖父ちゃんがスパンっと酒呑の後頭部を叩く。

「痛いぞ、幾太郎。何をする」

酒呑が少し涙目だ。いや、木刀で叩いてもなんとも無さそうな奴に、叩くってと、呆気にとられていると。


「阿呆か、貴様は。迅が誤解するだろうが」

少し、眉が八の字になって祖父が言う。

「迅。こいつはな、この妖物などが湧くこの洞窟の番人なんだ。契約というのは、この洞窟の番人で居続けるというものと、この村でお前を守護するという事だ。獲物という言い方は、その守護による対価がお前の血になるからだ。対価と言ってもそれほど多くを渡すものでもない」


 そんなやり取りを見て、すこし落ち着いてきた。ああ、異能っていうのと等しいのかどうかは判らんが、俺には異世界行きで授かった能力があるのは確かだ。それ故にこの村に来られるようになったということなのか。

「祖父ちゃんにも異能っていうのが、あるのか」


それがあるならば、どう言うものなのか聞いてみたかった。それを聞いた祖父ちゃんは、右手を軽く振った。ドサッという音がして振り返ると、後ろにあった樹の大枝が切り落とされて、下に落下している。

「幾太郎は風使いだ。なんでもバッサバッサと切り裂くぞ」

まるで我が事のように酒呑が胸を張って自慢をする。その酒呑の後頭部をまた祖父ちゃんがスパンと叩く。


漫才か何かを見せられているようだ。思わず、クッと笑いが漏れてしまった。

「祖父ちゃんに言わなかった話がある。俺は、ちょっと色々とあってさ。あんまり目立ちたくなかったんだよ。だから、ここで生活するのを望んだっていうのもある。俺は、ここならば、のんびり生活できると思ったんだが」

腹を決めるべきだろうか。まずは、話し合いをすべきだろう。

「取りあえずは、昼飯にしようぜ。話を聞きたい」

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