第7話


 夕食の後、祖父に今日の綿貫さんとの話を切り出した。

「という訳で。綿貫さんに、祖父ちゃんに説明してもらえって言われたんだが。一体、どういう話なんだ」

その話を真面目な顔で聞いていた祖父ちゃんがポツリと言う。


「まあ、3ヶ月か。そうだな。そろそろお前に話をしといた方が良かろう」

頭をポリポリと掻いて、何をどう話すのか考えているのだろうか。両手を組んで思案顔だ。


「お前、この先もここで生活していく気はあるのか。お前の母さんの話じゃ、公務員試験を目指すとか聞いたが」

最初に言われた言葉にちょっと戸惑った。

「いや、祖父ちゃん。勉強してないの見てるだろう。母さんが勝手にそう言ってるだけだよ。俺は、ここで農家を継ぎたいと思ってきたんだけど。

まあ、『コリ』に農地貸し出しているから、どうなんだっていうのはあるけどさ」


最後はごにょごにょと言葉が濁る。仕方ないじゃ無いか、だって、このままだと財産目当てみたいだから。そう言ったら、ブッと祖父が吹いた。

「いや、悪いな。そんな気になったっていう事は、何か変化があったんだろうな。ばあさんのレシピを再現するなんて、無能じゃできないからな。二十歳過ぎて顕在するっていうのは、聞いたことがなかったんだが」

綿貫さんも前に言っていた、祖母ちゃんのレシピを再現した人はいないと。祖父ちゃんも何度も言う。プリンはプリンじゃないのか ?


祖父はふうぅと息を一つはく。溜息では無く落ち着くために息を整えたって感じだ。

「お前の母さん達は、お前が12歳の夏休みからずっとココに帰省してないだろう。それはな、そういう暗示が掛かっているからなんだ。それでも、お前を寄越したのは、ま、それは、あの娘の気持ちなんだろうな。

それでもお前がここに来られたのは、暗示が何故か解けたんだろう」


祖父の言っている言葉は判るけれど、判らん。とても戸惑う。

「暗示って、なんだ。祖父ちゃん、何言ってるんだ」

俺の言葉に祖父は苦く笑う。

「そうだよな。この村はな、他の場所とはちょっと違うんだ。ここにはな、特別な能力を持たない人間が生きるのは厳しいんだ。それでお前の母親には異能は無かったんだ。だから村の外へ出した。その方が幸せだと思ってな。

その子供のお前ら兄弟も、異能がないと判断された。だから、もう、この村にはあまり来ないように暗示をかけたんだ」

祖父ちゃんは真面目な顔で続けている。何の話をしているのか、やっぱり判らない。


「お前には、俺が何を言っているのか判らんよな。この村の他とはちょっと違う部分というのは、聞いただけで理解するのも難しいんだ。

明日、お前に見せたい場所がある。詳しい話はそこを見てからの方が納得するだろう」

「いや、祖父ちゃん。なんだよそれは。この村と俺のプリンの話がどう繋がるんだよ」

ヘンテコな話で煙に巻こうとしている訳では無いのは判る。判るが、話の行き先が全く判らない。


「悪いな。話だけだとよく分からんだろうから。百聞は一見にしかずと言うしな。明日、ちゃんと説明をする。悪いが、遠出をするから弁当を作っといてくれ、四人分な。ああ、あるもんでいいからな。凝ったモノはいらん」

そう言って、祖父ちゃんは風呂に入って寝てしまう。

混乱したままの俺は、よく眠れない夜を過ごした。



 翌朝、結局寝付けなくて、いつもよりもかなり早めに起きて、弁当を作った。余りモノで量があれば良いとは言われたが、時間があったのでそれなりのものになった。テンション、ちょっとおかしいかも。

花巻き寿司、だし巻き卵、ポテトサラダ、作り置きのチャーシュー、インゲンのごま和え、シイタケの肉詰め、朝っぱらから唐揚げまで揚げて、重箱に詰める。


 俺が弁当を担ぐと、祖父ちゃんは一升瓶などを担ぐ。一体ドコに行って、誰と会うのだろうか。少なくとも出先に誰かがいるから、弁当が必要なのだろう。向かった先は、立入禁止にされていた裏山だ。

この山に入るのは初めてだ。子供の頃に、「此処に入ってはいけない」と厳命された場所だからだ。


 山道は祖父ちゃんが手入れをしているのだろうか、それなりに整っている。家の裏から入る道があるので、この家の者以外が入る事はない場所だとも言っていた。いつもは柵がされていて登山口は勝手に登れないようになっている。


 そう言えば、兄は一度だけ入った事があったはずだ。なんでだったろうか、よく覚えていない。そう言えば、あれから兄は田舎に住みたいと言わなくなったんじゃなかったか、と思い出した。だから余計に、この山が恐く感じた。この山に一体何があるんだろう。この山の奥に。



 出かけて2時間ほどは歩いただろうか。祖父ちゃんは健脚だなと改めて思う。連れられてきた場所には、小さな祠が鎮座していた。祠の後ろの斜面には、人が一人二人通れそうな洞穴が穿たれていた。奥が深くて中が見えない。洞穴の入口には注連縄が貼られている。そういう場所は神様の御座す場所だと、母から聞いた事を思い出した。そういう場所があるって聞くだけで、俺は見たことは無かった。


まずは、祖父ちゃんとともに迅はその祠にお参りをする。それから、祖父ちゃんが大声で洞窟の中に呼びかけた。


「酒吞、酒を持ってきた。ここまで来ないと渡せないぞ」

「面倒くせえ。お前ならばここまで来られるだろう」


洞窟の奥から、応えいらえがあった。

祖父ちゃんは自分が背負ってきた背負子から一升瓶を出す。それから大きな杯と台を取り出して設置する。

杯は一升が軽々入るような大きなもので、TVとかでしか見たいことがない奴だ。


台を設置して布を引き、その上に杯を置く。そこになみなみと酒を注いでいく。それから、小型のナイフを取り出すと、


「迅、手を出せ」

と言ってくる。深く考えずに右手を出すと、むんずと手を捕まれ、人差し指の先をナイフで浅く切られた。


「え、なにすんだ」

血液が一滴、その杯の中の酒にこぼれる。


「男が、これくらいでわめくな」

祖父ちゃんがひどいことを言う。その後小型ナイフをしまうと、傷口は消毒してくれて絆創膏を取り出して俺の指へと巻いてくれたけどさ。


「なんと、鈴花の香りがする」

洞窟の奥から声が響いてくると、何者かが奥からこちらへ向かって出てくる気配がする。ただならぬ気配だ。


「やはり、な」

祖父が小声で思わず独りごちたが、何がやはりなのかさっぱりと判らないよ。だけれども奥から出てくる気配が色濃くなるにつれて、怖気が立った。


その巨漢が、よくあんな小さな洞窟から出てきたものだと感心するほどの体躯。優に2メートルは超えるだろうというがっしりした体つきの男が、洞窟の奥から、不承不承という風に出てくる。その大柄の男の姿には見覚えがある。


「え、お手伝いさん ? 」

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