第6話 プリンの不思議


 作業をする事になった集会所はホント、近所だった。家から歩いて15分くらいだ。中で作業をしていると、綿貫さんとは別人が現れた。スラッとした感じの糸目の男性で、見た目爽やかな雰囲気だ。ただ、何か笑顔に胡散臭い雰囲気を感じる。


「配送を請負っている菰野こものと言います。品物の受取なんかは僕が担当しますので。今後ともよろしくお願いします」


プリン用の瓶などが入った重そうな箱を軽々と運んできてくれた。昨日の段階で小麦粉などは手配してある。丁度、焼いたクッキーが食べ頃になったところだったので、彼にも味見がてらお裾分けをした。集会所の設備の様子見のために焼いた物ですよ。


「僕も鈴花さんのお菓子は好きだったんです。本当に、また食べられて嬉しいです。僕は特にオハギが好きだったんです。ああ、鈴花さんは豆腐やお揚げも作ってたんですよ。あれも美味しかった」


懐かしそうにそう口にする。大変和やかな表情なんだが、クッキーを食べたらなんかフニャってかんじになった。

 そういえば、レシピノートについてまだ全部は見ていなかったな。お菓子以外にもあったかな。後でチェックしてみよう。というか、祖母ちゃん、一体どのくらい作って何を売ってたんだよ、と心の中でツッコミを入れる。祖父ちゃんにその辺りを聞いても「さあ ? 」っていうばかりだ。


 確かに祖母ちゃんの料理は美味しかった。でも、俺が作ったのががれほど美味しく出来ている気がしねぇ。 祖父ちゃんは喜んで食べてくれているけどさ、祖母ちゃんの方が遙かに美味しかったと思うんだけどなあ。肉親の欲目って奴かね。


俺の心の中は置いておいて、今日はクッキーやマドレーヌを作って、最後にプリンを作って冷蔵して明日の納品に備える。それから綿貫さんが明日こちらに来る時間などを確認。

「じゃあ、今後ともよろしくおねがいしますね」

お土産にクッキーを渡すと、嬉しそうに菰野さんは帰っていった。



「なんか、配送は綿貫さんじゃなくて菰野さんていう人が来たよ」

家に戻って祖父ちゃんに言うと、ああ彼奴あいつかと口にする。

「菰野は配送をやってるのか。『コリ』で仕事をしてたのは知っていたが」


「知っている人なんだ」

「ああ、一緒によく釣りに行く仲間の一人だ」

そうなんだ。祖父ちゃんはよく釣りに行っている。勿論、畑の事とかもやってるんだけど、釣りだとか村の会合だとかでよく出掛けている。

「迅が来てくれたから、畑は任せるからな」

と言って、丸一日いないときもある。出掛ける日は増えたようだ。


ここで暮らすようになって判ったんだけど、割と祖父ちゃんは忙しい日々を送っているようだ。忙しくしていたいのかも知れない。



 祖母ちゃんのレシピでお菓子を作っていて、ふと子供の頃を思い出した。祖母ちゃんの料理は美味しくて、田舎に遊びに来る度に兄ちゃんと二人でガツガツ食べた記憶がある。


母が言ってたんだ。兄ちゃんは好き嫌いの多い子どもだったって。でも、ここに来ると何でも食べたのだ。野菜でもなんでも、田舎の方が美味しいと主張していた。

祖父ちゃん達はそれもあってかよく野菜などを送ってくれていたた。田舎からの野菜や祖母の作ってくれたお菓子が届くのが、家にいる頃はとても楽しみだった。

そういえば、子供の頃に兄ちゃんはよく言っていた。

「僕は、お祖父ちゃん家に住みたい」

って。いつからだろう、そう言わなくなったのは。



 毎日なんやかやと畑仕事を手伝って、道の駅用の品々を作る。そんな風に過ぎていく。

家での食事の用意は俺だ。大学時代はずっと自炊だったから、苦じゃない。だって、山ほど食材があったもの。アレを食わない手は無かった。それにさ、魔王討伐の遠征だって、食事の担当は俺だった。


なんでかって言うと、他の二人は料理がからっきしだったし、遠征の同行してた現地の同行者が作る料理は、食べられたモンじゃなかったんだ。

どうにもクラフトっていうのは、作るモノならなんでも良いみたいで、料理の腕も上がった気はする。薬師のお師匠には、薬の調合だけでなく料理も教わってたしな。

「野営が多くなるはずだから、覚えておけ」

って。あの人、本当に色々と気遣ってくれていたんだって、今更ながらに思う。


 さて、祖母のレシピノートは全部で7冊あった。その中には日常の料理もあったんだよ。で、祖母のレシピを参考にして日々料理を作っている。だってさ、そこから作った料理だと、祖父ちゃんがすごく喜んでるみたいなんだ。祖母ちゃんを懐かしんでいるのかも知れない。それに、目に見えて元気になっている気がする。俺もこの頃、体調がすこぶる良い。

やっぱり、規則正しい生活って身体に良いのかも。


 綿貫さんもあの後、時々様子を見に集会場の方に来てくれている。集会場で作業するときは、他の人なんかと重ならないように申請しているからね。それで俺がいる時間を知っているんだと思う。

何か不都合がないか、困ったことなどはないか、納品に無理は無いかなど色々と気遣ってくれている。

「無理はしなくても良いです。土淵さんのお菓子は好評です」



 そうして、3ヶ月後。売り上げの収支報告書みたいなのが渡された。

なんかね、会計的なアレそれもみな『コリ』で処理してくれている事になっている。それで3ヶ月毎に取りまとめて収支報告しますとは言われていた。

小麦粉や卵なんかの材料は整えて貰っていて、売り上げからちゃんとその分は引かれている。


でもね、変なんだよ。売り上げがなんか良い金額になってるんだよね。一体、プリン一つを幾らで売っているんだろうって思う金額なんだよね。材料費がまとめられていて割安ではあるんだけれども。

「売れているのは嬉しいけど、単価、高くないかな」


そこに記されている金額は、俺だったら絶対買わない金額だ。いや、買う人間の想像が出来ないような金額だった。有名パティシエのプリンだって、こんな金額にはならんだろう、桁が違う。こんな値段で全部売れているとか言われても、困る。


「いえ、正当な金額です」

綿貫さんはニコニコとしている。

「いや、絶対おかしい。きちんと説明して下さい。理由によっては納品はお終いです。疑いたくは無いですが何か不正でも行っているようにさえ、思えます」

頑固に言い張る俺に、ちょっと困ったような顔をした綿貫さん。うーんと腕を組んで考え込む。

「本当にこの値段で取引しているのです。でもお疑いになるのも判ります。では、今晩、このことについては幾太郎さんに伺ってください。私では、説明できない部分がありますので」

そう言って、深く頭を下げて挨拶をして帰って行った。

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