第5話 祖母のレシピ


 祖父ちゃんに急かされてプリンを作らされたのが昨日。祖父ちゃんはなんかウキウキとしてそれをもって『コリ』に行ったようだ。なんだかな。


 今日、農業法人『コリ』で道の駅の商品の担当者という人が俺を訪ねてきた。おうふ、なんか話がトントン拍子で進んでいく。


やって来たのは、丸まった雰囲気の人懐っこい感じの男性。身長は低くないのにその雰囲気で何か丸くて小さめに見えてしまう。どんぐりまなこで愛嬌があって、なんか狸の置物に似てるなと思ったけど、大丈夫、口には出さない。歳は俺よりも幾分か上かな ?


もらった名刺には

『農業法人 コリ 営業担当

 綿貫わたぬき けやき

とあった。


「どうぞ」

お茶請けにクッキーを出す。他にも何か作ってくれと祖父ちゃんに言われてクッキーも作ってみたんだ。一番お手軽だったから。


「これも土淵さんが作られたのですか。幾太郎さんに聞いていましたが。鈴花さんの物と遜色がないです。また、食べられるなんて」

綿貫さんが感動しまくってるけど、大丈夫だろうか。でも祖母を偲んでくれているのかもしれない。道の駅に祖母ちゃんもお菓子を出してたって言うし。


「是非、お菓子の納品をお願いします」

なんか、前のめりだこの人。祖父ちゃんは祖母ちゃんがやってたの見てたからって軽いノリだったんだろうけど、そんな簡単な話じゃ無いだろう。

「いえ、ちょっと待って下さい。販売って、そんなにすぐにできないですよね。色々と許可とか資格とかいるでしょう。ここも婦人会みたいなところで作ってたりしてるんですよね。それに加われって話でしょうか」

俺が言いつのると、ニコッと笑って綿貫さんは言う。


「ああ、婦人会のも確かにありますが、でも土淵さんには是非、単独でお願いしたいと思います。

色々と手続きとか確かに要りますが、それはこちらで全て行います。土淵さんはお手数ですが、食品衛生責任者の資格を取っていただきたいと思いますが、あれはすぐに取れます。大丈夫です」

何が大丈夫なんだか。


 結局、押し切られてしまった。『コリ』の内部でもプリンを試食した結果、皆乗る気なのだそうだ。何故だ、何が起こっているんだ。普通のプリンだろう。俺はちょっと綿貫さんの熱意に引き気味だ。祖母ちゃんのプリンは売れ筋だったのだろうか。


彼は早速用意してくれた食品衛生責任者資格の受講申し込み書やら実施要領やらを卓袱台の上に並べてみせる。押し切られて申し込み書を書くことになってしまった。その場で封書まで用意されているとは。もう、彼等の中では決定事項だったようだ。きちんと書類は封書に入れられて切手まで貼られている始末。

「ちゃんと、責任持って私が投函しておきます」

ずっとニコニコしっぱなしで、ある意味恐いです。


「製作場所につきましては、ここから一番近い集会所の施設でお願いします。あそこは鈴花さんも使っていた場所ですので、問題なく許可が下りると思います」

本当に、なんでこんなにも熱心なのだろう。もの凄く不思議だが突っ込むことも出来ない。


「皆、期待しているんです。他にも何か出来るようならば言って下さい。検討します」

担当者の綿貫さんは、真剣な表情でそう言った。彼のこの情熱はどこから来てるんだろう。本当にもう、恐い。


 お土産というには烏滸がましいが、祖父ちゃんにプリンやら何やらを綿貫さんに持たすように言われていたので、お菓子詰め合わせセットみたいになっていたものを渡す。プリンとクッキー、マドレーヌを幾つか。昨日言われて作ったんだよ。


お菓子詰め合わせセットを渡すと、本当に異常なほど感謝されたのにはまた引いてしまった。ちょっと涙ぐんでいるようにも見えたのは気のせいか。綿貫さんはお菓子詰め合わせセットを大事そうに抱えて帰っていった。

その後ろ姿が、妙に印象に残った。


 祖父ちゃんが戻ってきたので、俺は今日会ったことを愚痴った。

「祖父ちゃん。綿貫って人が今日来たけど、なんか凄く熱心な人だった。なんか俺、引いちゃったよ。ちょっと恐いくらいの押しだったぞ」

ブツブツ愚痴を言う俺に祖父ちゃんはちょっと苦く笑う。


「ばあさんのレシピはな、再現しようとした人は何人も居たんだ。だけどな、今までお前の様にちゃんと再現できた人はいなかったんだよ」

事細かく書かれていた祖母ちゃんのレシピ。誰でも再現できそうなくらい詳しく書いてあったのにな、と思わなくも無かった。あの色とりどりなのがどういう意味かはよく判らんが。



 さて、俺は無事に食品衛生責任者の資格を取得し、保健所だ何だの手続きなどはすべて『コリ』にて手配されて済んだ。

毎日納品するという訳では無く、まずは週2で数も少なめで様子をみることになっている。俺がそれはなんとか交渉した。だって、余ったら勿体ないというよりも損失になるんじゃねえの。こんなに至れり尽くせりなんだもの、及び腰にもなるだろう。


 契約書では、その辺の責任についてこちらへの追及は無かったけど。心配で細かいところまで目を通しましたよ。委託契約みたいには成っているけれども、細々としてことは全て『コリ』が担当してくれると説明された。俺は只お菓子を作れば良いんだそうだ。

一体、その熱情はどこから来ているんだろう、不思議でならない。

品物はプリンとクッキーとマドレーヌ。綿貫さんに渡したお菓子セットの内容だ。


 現在、集会場に来ています。明日、納品第1便だ。すでに小麦粉などの原材料が配達されているようだ。キッチンのパントリーにきちんと収めてあると連絡が来たので、確認をする。今日はクッキーとマドレーヌを作ろうと取りかかる。プリンの瓶は今日中に配送してくれる聞いたから、待っていてちゃんと配送してくれる人に挨拶をと思ったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る