第40話 高原の村



 結局その日は高原の村はずれでキャンプすることになった。

 五蔵が疲れていたのと、大イノシシの九戒が全然いう事を聞かなくて進んでくれなかったからだ。


 六人で高原の村にたどり着くと、早速村人に呼び止められた。

 髭を生やした農夫の中年男は、胡散臭そうな目でこっちを見ていた。


「お前ら、よそ者だな。何処から来た?」

 鍬を肩に担いだその男と、他に二人の農夫が先頭を歩くタバサに寄ってくる。


 あまり友好的な雰囲気じゃなさそうだ。


「旅の途中の通りがかりだよ。ホワイトホースまで行くんだけど、今夜は村はずれでキャンプするつもり」

 タバサの横でリズが農夫たちに言った。


 じろじろと僕らを見た農夫、女子供の集団と分かって少し気を許した様子だった。

「この頃変な奴らがうろついてるから、気を付けた方が良いぞ。そのイノシシ旨そうだな。半身くれるなら、小屋に寝泊まりさせてやるがね」

 農夫は親切で言ってるのかもしれないが、そういうわけにもいかないのだ。


「いえ、このイノシシは食用ではありませんので、ご遠慮させていただきます」

 五蔵が苦笑いして言う。


 もとは人間型の妖怪だと言ってたけど、今では言葉も通じないただのイノシシだな。

 自分が食べられそうになってるのに、我関せずで五蔵を道の端に引っ張ろうとしている。


「そうだ。この村に病気で困ってる人はいないかな。良い特効薬持ってるよ」

 タバサが商談を始めた。


「いや、病人なんておらん。それに薬買う金もないしな。さっさと村から出て行け」

 農夫は素っ気なくそう言って追っ払うような手ぶりをした。

 病人の居ない村なんて無いと思うけどな。

 それに、彼の眼は嘘を言ってる目だった。


 とは言え押し売りするわけにもいかない。

 仕方なく僕らは村を通り過ぎて、少し先でキャンプすることにした。


 適当な空き地を見つけて、そこでテントを張っていると、村の方から女が一人走ってきた。


「あんたたち医者なの? 病人なら奥の寺院で看病してもらってるから、そっちに行って欲しいのですが」息を切らせながら女が言った。

 さっきの農夫と話が違う。

「早くして。村長たちが寺に火をかける準備をしているの」

「火をかける? どういうことですか?」

 五蔵が訊く。


 女の説明では、致死率の高い伝染病が流行っていて、感染を防ぐために患者をひとまとめにして燃やしてしまうという事だった。

 まだ生きてるのに燃やしてしまうのはいかにも乱暴な話だが、有効な治療も薬もなくて死んでいくのを待つしかないのなら、いっそのこと早く楽にしてやるという気持ちも百歩譲ればわからなくはないか。


「わかりました、案内してください」

 五蔵が先に立って皆が走り出す。

 でも、イノシシの九戒は言うこと聞かないからそこに置いていくしかなかった。


 その寺院に行く道はもともと細いうえに、両脇からは雑草の茂みが迫っていてさらに狭くなっていた。

 あまり信心深い村人たちじゃないようだ。


 そこには、そこまでの道と同じように、あまり手入れされていない廃屋一歩手前の寺院が草木に囲まれるようにして建っていた。

 松明を掲げた農夫たちがその寺院を取り囲んでいる。


「邪魔するな。もう手の施しようがないんじゃ。これ以上病気が広がったら村は全滅じゃ」

 村長らしい白髭に顔をくるまれたような老人が声を荒げる。


「もう少しだけ待ってください。私たちに治療させてください」

 五蔵が村長の前で頭を下げる。

「治療するのはいいが、金はないぞ」

 横から先ほどの農夫が口を出した。

 それでもいいからと五蔵が言うと、ようやく彼らは道を開けた。


 五蔵が寺の扉を開いて中をのぞく。

「ごめんください。誰かいませんか?」

 鈴の音のような五蔵の呼びかけに、女の声で返事があった。


「どなたですか、また病人ですか?」

 小さな声でそう尋ねた後に、せき込む様子がうかがえる。

 大丈夫ですか、とすぐさま五蔵が駆け寄って背中をさすってやる。

 女は尼僧の格好をした中年女性で、自身もやつれ果てた青白い顔色をしている。


 薄暗い室内には、奥の方に御座が敷かれて六人の人影が寝転んでいた。

 いずれも呼吸が弱弱しい。


「おい、これに回復薬を出るだけ全部入れろ」

 リリーが酒瓶を僕に渡した。

 はい、とひと言返事して僕は部屋の隅に行く。

 人目につかないところでローブの中に酒瓶を入れ、おしっこを出るだけその中に出した。


「これは、ペストの様ですね、皆さん離れて。あなたも横になって休んでください」

 振り向くと五蔵が尼僧を御座に寝かせているところだった。

 ペストと言えば黒死病。

 そう思って観察してみると、患者たちの中には手足に黒いあざの浮かんでいる者もいた。

 ペストは適切な投薬治療ができなかった場合、致死率30パーセント超えるほどの、最も怖い伝染病の一つだ。

 僕のおしっこ効くかな?


「五蔵さん、抗生物質は持ってますか?」

 五蔵に聞くが、

「法力が使える状態なら薬を使う必要もないので」

 と彼は首を振る。

 五蔵の法力が戻るまで、まだ二十時間ほどかかる。

 ここの患者たち、それまで持つようには思えなかった。


「これ、回復薬だ。皆に飲ませて」

 リリーが僕の渡した酒瓶を五蔵に差し出した。

 最初に、弱っていた尼僧に一口、そのあとは順番に一口ずつ患者全員に飲ませる。

 一口で効くのか、どの程度効くのかは、少し待ってみるしかない。

 待っている間に、僕は囲炉裏に薪を加えて火を強くした。

 炎が強くなると部屋も明るく、温かくなり室内のよどんだ空気も浄化される気がした。


「熱が下がって来たようです」

 尼僧の額に手を置いた五蔵がそう言ったのは、投薬から十分ほどたったころだった。よかった。効果はあったようだ。


 その頃には、虫の息だった六人の患者も、ずいぶん呼吸がしっかりしてきていた。

「これならもう心配ないでしょう。少なくとも私の法力が戻るまでは大丈夫でしょう」五蔵が、ふうと大きく息を吐いて言う。


 しかしその時、何か煙たいと思った僕が振り向いた先には、めらめらと炎が立ち上がっていたのだった。


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