第39話 ひとまずの休息


「この子、いつになったら目が覚めるの?」

 木陰に寝かせてる五蔵を見下ろしながら、タバサが僕に訊く。

 彼が僕の中に五回射精して眠りに入ってから、58分と30秒。

 時計もないのに時間がはっきりわかる。

 これも五蔵から受け継いだ知識に含まれるものだった。

 

「そろそろ目が覚めるはずですよ」

 僕の感覚で60分になるころ、五蔵はうっすらと目を開けた。


「五蔵さん、大丈夫ですか?」

 僕が声をかけると、彼はきゃんと言って目を閉じた。


 耳たぶまで赤くなっている。そして両手で顔を隠してしまった。 

「私としたことが、お恥ずかしいです、まったく」

 そう言って、やっとちらりと顔を見せてくれた。

 これまでは僕の術にかかった後目覚めた男は、術中のことを忘れているようだったけど、五蔵は覚えているようだ。

 彼のレベルの高さがそういうところにも伺われる。


「お釈迦様に告げ口したりはしないから、大丈夫ですよ」

 僕がそう言ってあげると、五蔵はため息をつきながら立ち上がり、衣の乱れをただす。


「もう。僕の弱みもすっかり知られてしまったみたいですね」

 五蔵が上目使いに僕を見る。なんか、可愛いやつと思ってしまう。

 自分の知識を吸い取られるのって、怖いことだなと、僕はその時思った。

 プライバシー筒抜けなのだから。


「五蔵君、お腹減ったでしょ。これ食べなさい」

 タバサが五蔵に干し肉と水を渡した。

 じゃあついでにここで食べて行こうと、他の皆もそれぞれ食事を始める。


 僕はと言えば、五蔵の精を受精してもう心も身体も満充電状態だったから、木陰をふらりと離れて小高く見える丘の方に登ってみた。

 

 耳と髪の間を吹き抜ける風が心地いい。

 草の臭いからは、草木たちの夏を迎える喜びが感じられた。

 遠くに高原の村が見える。農家が数軒と農場に牛。風車小屋が一つ。

 あそこには宿屋はなさそうだ。

 今日はあの村の端でテントを張るか、それとももう少し先まで行ってみるか。


 地ウサギが巣穴から頭を出してこっちを見ている。

 最初警戒の色が見えたが、僕と視線を合わせるとすぐにその色は消えていった。


 ひょこひょこと歩き出して僕の足元に寄ってきた。

 僕の足首に身体をこすりつける兎から、敬愛の情を感じる。


 こういう所も五蔵のオーラなのかな。

 心が限りなく安らかになっていく。

 眼を閉じて手の平を上に向ける。そうして心を宙に浮かせるようにすると、まるで自分が天地と融合するような気持ちになってしまう。


 眼を閉じているのに、遠くの村の様子がはっきりと見えてきた。

 牛のまだら模様に、その牛を引く農夫の顔。

 これって千里眼ってやつかな。


 次に僕は、この世界の異常について考えてみる。

 五蔵の知識から得られたことは、この地域の一番高い山に寺院を作ってこもっている僧侶の集団が問題を起こしているようだった。

 ゲーム内では主人公のメインストーリーを進める上で、指導者の立場になる高潔な僧侶の集団だった。

 彼らに、この世界に対する悪意があるようにはどうしても思えない。


 だとしたら、やはり何かの手違いなのだろうか。

 彼らが敵対するようには思えないから、間違いを正すだけならそれほど難しい任務でもないかもしれないな。


 あの寺院にたどり着くには、ロリテッドの村から七千階段を登る道しかない。

 むしろ僧侶の寺院まで辿り着く事のほうのが難問みたいだ。

 クマとかゴリラみたいな怪物が現れる場所がその途中にあったから。


 それでも、まずはホワイトホースまで行ってからだな。

 そうだ、五蔵の言うように、僕のいるこの世界も物語の一つなのだとしたら、この後、読者であるあなたはどうするだろう。

 何か意見があったら聞かせてほしいな。

 多分どこの誰でも、同じように思うことなのだろうけど。


 そうだ。君は君のいる世界が唯一の現実だと思ってるんだろうか。

 五蔵の言ったように無限の世界があるのだとしたら?

 僕らはただの粒子の一つに過ぎないのだと、思わないかい?


 

 そうだ。

 ここまで来ると、僕がこの世界に来た役割というのか意味が少しわかってきた気がする。

 五蔵の能力を受け継いでリリーを助けてこの世界を破滅から救うのだ。


 リリーじゃないけど、俄然やる気が湧いてくる。

 こういうポジティブ思考も五蔵の精を受けたからなのかな。


 おおい、そろそろ行くぞ、と眼下の野原からリリーの呼ぶ声が聞こえてきた。


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