第35話 勇者桃太郎
その海辺の村はまるでお祭り状態だった。
もともと、スタドーンからは陸地を南下していくのが一番の近道で、それは山越えの道だったのだけど、この先がけ崩れのため通行不能の看板が出ていたので、海沿いを少し引き返すことになった。
そして海岸べたを東に向かっていると、その村があったのだ。
こんな村、ゲーム内にあったかな?
単にゲームで訪れていなかっただけ、なのかもしれないけど。
「なんの騒ぎでしょうね」
横を歩くカオルも不思議そうにしてる。
行ってみようぜとリリーが率先して歩きだした。
村人たちは総出の状態で、浜辺で沖の船を見ながら喝采を上げている。
見ると、小さな帆を張った船が海風を背に受けながらゆっくり近づいてくるところだった。
「どうかしたんですか?」
曲がった腰を伸ばしながら懸命に手を振る近くの老人に聞いてみる。
「勇者様がどくろ島の海賊どもを退治してくれたのじゃ。あ奴らにさらわれたこの村の女子供たちも助け出してくれたのじゃ」
手を合わさんばかりの感謝を老人は言葉ににじませている。
船の帆が下ろされ、惰性で船が浜に乗り上げるようにして止まる。
すぐに船上から女子供が数人飛び降りてきて、迎えの者たちと抱き合って喜んでいた。
そして、赤い武者鎧を身にまとったその勇者がひょいっと砂浜に飛び降りた。
あれが勇者か。
まだ幼い顔立ちだ。実際少年と言った方が良いくらいの若さだった。
丸顔にくりんとしたつぶらな瞳がかわいい。
彼は村人たちに案内されるようにして、奥の宿屋に向かっている。
その肩には鳥が、そして両横には犬とサルが家来のように付き従えていた。
「まるで桃太郎ですね」
カオルが呟いた。
宿屋に入ると、奥の大テーブルでは勇者の接待が賑やかだった。
尾頭付きの刺身やアワビサザエなどの海の幸が並び、ワインらしい紅い酒がグラスにたっぷりと注がれて、勇者の彼はその豪華さに気後れしてるかのようだ。
犬やサルたちも勇者の横に大人しく座り、ごちそうを分けてもらっていた。
「やっぱり、勇者っていいよな。惜しかったなあ。もう少し早くここに着いていたら俺らがあんな風になってたはずなのに」
リリーが横目で眺めながら、ちびりと水筒の水を飲んだ。
「問題抱えた村なんてそこら中にあるんだから、焦らなくていいわよ」
タバサがリリーの肩を叩いた。
タバサが料理を注文して、僕らの一行も昼食休憩に入った。
僕はと言えば、昨夜の衛兵の精がまだ残っていて空腹は感じなかったから、何の気なしに宿屋を出て、付近を散歩することにした。
宿の裏手に回ると、小さな小屋があり、よく見ると便所の様だった。
一段高い足場に立って、壁側の溝に放尿するだけの簡単なつくりだ。
ふと思う。
僕のおしっこは回復薬になるわけだから、瓶にとって、それも売ればいい金になるんじゃないか?
精と違っておしっこなら、日常的に出してるわけだから精の時と違って脱力することもないのだ。
今度タバサに提言してみよう。
そんなことを思ってると、宿から勇者が歩き出てきた。
武者鎧をガチャガチャいわせながら便所に入る。
壇の上に立って放尿し始めたようだ。
僕も続いて便所に入り、彼の横に立つ。
♪ もーもたろさん‐ももたろさん、と節をつけて童謡を歌ってみた。
途端に横の勇者が反応した。
「え? あなた、僕のこと知ってるんですか?」
放尿が終わったのか、彼は前をしまいながら横の僕に訊いてくる。
「やっぱり、桃から生まれた桃太郎さんなの? 君は」
僕は彼を砂浜の方に誘うようにして聞いてみる。
「そうなんだけど、なんだか変な世界に迷い込んだみたいで困ってました」
彼の説明では、おじいさんとおばあさんに育てられた彼は、鬼ヶ島の鬼を退治するために家を出てこの村にたどり着いたのだけど、敵は鬼じゃなかったし、鬼ヶ島でもなかったからちょっと変だと感じていたらしい。
「キャラメイクとかはした?」と訊くと、
「何ですか、キャラメイクって」
きょとんとした顔の彼は、僕やカオルとはまた違うタイプの転生なのか。
しかも、桃太郎の場合、僕やカオルと違って現実世界からの転生ではなく、別の物語のキャラクターが異世界にトリップしてしまったことになる。
「君がここに来た時、なにか変な現象とかはなかったの?」
「家を出て、山道を下りてくる間、薄緑色の霧に巻き込まれたことはあったけど、くしゃみも出なかったし、そのまま歩いてきただけです」
杉花粉ではなかったと言いたいのか。
「もしかしたら……」
思ったことがついこぼれてしまった。
「何か知ってるんですか? だったら教えてくださいよ」
もしかしたらと僕が思ったのは、この村に召喚魔法使いが居て、桃太郎を海賊退治のために召喚したのでは、という事だった。
でも、彼に聞いたところでは、この世界に迷い込んだ時に、そんな人間は近くにいなかったらしい。だとしたら召喚師の線は薄いか。
「おい、今度の獲物はその勇者か?」
いつの間にそばに来たのか、宿から出てきたリリーの声が後ろから聞こえてきた。
獲物? と桃太郎が僕を見る。
「いやいや、そんなのことないですよ」
僕は二人に向かって首を振る。
「こっちは、僕の仲間の勇者リリー。そして後ろにいるのも仲間たちだよ」
桃太郎に、簡単に仲間を紹介してやる。
タバサたちも宿から出てこちらに向かって歩いてくるところだった。
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