第31話 船出



「これで、チュードンではすっかりお尋ね者になってしまったね」

 灯台の近くで待っている仲間の所へ行くと、真っ先にタバサが言った。

「仕方ないよ、それは」リリーが僕の代わりに答えてくれた。

 

 魔女を助け出すのには成功したようだ。

 助け出された裸の魔女は、リリーの着替えの下着を着せられていたが、まだ恐怖に震えていた。


「大丈夫ですか?」

 青ざめた顔の魔女に聞いてみた。

「助けてくれてありがとうございます。まだ何がどうなってるのか全然わからなくて……」

 彼女は震える声でそこまで言って言葉に詰まった。


「とにかく、追手が来ないうちにここから離れようぜ」

 そう言うリリーに、僕は海岸に降りる道を指さす。


「あそこから降りたところに小さな船着き場があるんです。そこから対岸の町まで船で渡りましょう」

 そう言って皆を案内した。

 

 急な斜面を転ばないように降りて、少し歩いたところにその船着き場はあった。

 船着き場には小舟が繋がれてはいたけど、船頭はいなかった。


「おかしいな、ゲーム内ではいつもここには船頭がタバコ吸いながら待ってたんだけど」

 つい独り言ちてしまう。

 でも、四六時中船頭がここにいるというのも現実的にありえないわけだ。


 ゲーム? 僕の言葉に、そう反応する声が聞こえた。


 振り向くと、魔女の女の子が不審な顔をして僕を見ていた。

 何か気になることでもあったのだろうか。


「船頭が居ないと船を動かせませんね、困ったな」

 そう言っている僕の目に写ったのは、今は絶対見たくない人影だった。

 道の上の方に、追手の衛兵が姿を現したのだ。


 おーい、こっちにいたぞ、という声まで聞こえてきた。


 しかも、さっきの混乱を考えての事だろう、先頭は女性の衛兵たちだった。

 彼女らには僕のお尻の術も効かないのだ。


「皆さん、船に乗ってください。船を動かします」

 魔法使いの言うことを信じたわけではないけど、弓矢に追われるように、僕らはその小船に飛び乗った。船が揺れて転びそうになる。慌ててしゃがんだ。


 そして最後に魔女の子が乗ると、彼女は両手を交差させて呪文を唱えだした。


 光の泡みたいなものが周囲に現れて、飛んでくる矢を跳ね返す。

 そして、皆の乗った小船はゆっくりと岸を離れだした。


「おお、すごい。これ、念動魔法だね。この子、結構上級の魔法使いみたい」

 リズがはしゃいだ声を上げた。

 

 すぐに船は矢の届かないくらいに沖に出ることができた。



「そろそろいいかな、君のこと聞いても」

 追手も見えなくなったことだし、僕は魔女の子に聞いてみる。

 

「僕の名前は、カオルって言います。いきなり、気づいてみるとあの町の広場に立っていて、すぐに衛兵につかまって、あとはさっき見た通りです」

 俺女のリリーの次は僕女か。でも、それには心当たりがある。


「君も、キャラメイクしたくちかな。もとは男だったんだね」


 僕の言葉にカオルは驚いて聞いてくる。

「これって何なんですか? 異世界転生ってやつですか? 僕は死んだ覚えもないんだけど」


 やっぱりそうか。光とともにこの世界に降り立ったカオル。ゲームという言葉にも反応したし、僕と同類じゃないかと思ったのだ。


 多分僕も同じようにしてこの世界に現れたのだろう。

 ただ僕が降り立った場所は、誰もいない野原だっただけなのだ。


「でもさ、そんな風に魔法が使えるのなら、さっきはどうして脱出できなかったんだ?」リリーが訊いた。


「魔法を唱えるときは、両手の複雑な動きが必要なんです。だから両手縛られると魔法は使えなくなるんです」

 カオルは素直に答える。

 まったく。そんな重要な秘密をべらべらと知り合ったばかりの人間にしゃべるなんて、危機管理がなってない奴だ。


 そういうところも、まだこの世界に転生しての日の浅さを感じさせるな。


 僕はカオルに、僕のこれまでの冒険をかいつまんで話してやった。


「そういうわけで、僕はリリーを助けるためにこの世界に来たように思ってるんだ。君も同じように思うのなら仲間にならないか?」

 

 しばらく考えた後、わかりました、僕も仲間になります、とカオルは言った。


「でも、キャラメイクで性別間違うなんて有り得ないですよね」

 と言って最後に笑った。


 あり得ないっていえば、こんな風に転生することだってあり得ないことだし、宇宙が誕生したのだって地球に人類が生まれたのだって有り得ないくらいの偶然なのだ。


 そのあり得ない偶然の上で、僕ら五人は冒険の旅に出ることになった。


 さて、明日はどんなことが待ってるだろう。


 後ろの西の空が燃えるように赤い。


 そして、僕らは朝の方向、東へ向かっているのだ。

 きっと明るい未来が待ってると思って。



 第一部 おわり 


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