第23話 もう一人の転生者(2)


「転生とか、わかんないけど、時々前世の記憶がふっと湧いてくるんだ」

 焚火の炎を眺めながら、リリーはぽつりぽつりと話し出す。


「子供のころは、ずっとこの世界は違うってなんとなく思ってた。でも、ここでの生活が長くなるにつれて、ここが当たり前になってきたんだ」


「子供の頃って。この世界に生まれたのは何歳くらいの頃でした?」


「はあ? 生まれたのは赤ん坊のころだろ」


 そうか。リリーは文字通りこの世界に生まれ変わったんだな。

 僕とはちょっと違うみたいだ。



「前世の自分って、どんな人間だったか覚えてますか?」


 リリーは悲しげな顔で、


「子供のころから病気がちで、中学校はほとんど行けなくて、良くゲームやってたような気がする。それで勇者になってドラゴンを倒していたような」


 そう言ってから、薪を一つ焚火に追加した。


「生まれつき体の弱い少女か。大変でしたね。いや、本当に女の子だったんですか?」


 今、女の子だったとしても前世でそうだったとは限らない。言葉使いも男だし。


「女だったよ。嘘じゃねえって。ただ、ここで生活するうえで、こんな言葉使いしろってじいちゃんに教わったんだ。その方が男に襲われにくいって」

 リリーは少し恥ずかしげに言った。


 どうやら、リリーは中学を卒業する前に病死したゲーム好きの少女ということらしかった。

 その残りの人生を、ここで生きるという事か。


 それなら僕もできるだけ協力したいと思った。


 いや、もしかしたら僕はこの娘を助けるためにこの世界に転生したのかもしれない。転生の仕方も違ってたしな。


 二人の間で、夜の時間は焚火のパチパチいう音とともにゆっくり過ぎていく。




 翌朝、僕らはサルモタウンを出て残り約半分になったチュードンへの道のりを歩き出す。

 天気はあいにくの曇り空。


 これは午後から降られそうだ。


 ところどころ石畳になったメインストリートは旅人や馬車が通ることも多く、比較的安全だ。



「ところで、リリーさん。勇者になる訓練とかしてるんですか?」

 横を歩くリリーに訊く。


 僕は昨夜の話で、このリリーを勇者に育て上げるという、何というか使命感を感じていた。


「最初少しやってたけど、今はやってないなあ」

 小石を蹴飛ばしてリリーが言った。


「そんなんじゃだめですよ。ちゃんと訓練しなきゃ。そうだ。これから毎日昼飯前に訓練しましょう。ちょうどいいからその河原でちょっとやりましょう」

 気乗りしないリリーを引き立てるようにして、二人で河原に降り立った。


 適当な木の棒を二本拾い上げる。

 その一本をリリーに渡す。



「では、かかってきなさい」

 僕は中段に構えてリリーに向かって叫んだ。


 格好いいな僕って思った。勇者を育てる老師のポジションだ。

 ひょっとしたら前世では剣道習ってたのかもしれないな。

 あんまり覚えていないけど。



 リリーも楽しくなってきたのか、ようしと一声あげて、上段から僕に向かって振り下ろしてきた。


 子供の頃よくやってたチャンバラごっこ程度に思っていたけど、リリーの打ち込みは予想以上に鋭くて、受けると同時に僕は尻もち着いてしまった。


 あイタタタ。


 ちょうど突起になった河原の石がアナルを突き上げる形になってしまった。

 ずんと来る痛みと切ない感触。またお尻で受精したいなと思ってしまう。


「何だよ、弱いな」

 リリーが僕を引き起こしてくれた。


「どうも僕はこの世界では格闘は苦手みたいです。仕方ないから、リリーさんは大剣で素振り100回してください。見てますから」


 ええ、これ疲れるんだよななんて、ぶつぶつ言いながらも僕の言うとおりに剣を抜いて上段から振り下ろす素振りを始めた。


 なかなかいい感じだ。やはりこの世界で育ってきて、足腰がしっかりしてる。

 ただ、やはりこの大剣が今のリリーには重すぎるようだ。

 もっと軽い武器の方がリリーにはいいんじゃないかな。


 50回ほど振った時、獣の唸り声が聞こえてきた。狼だ。

 遠巻きに僕らを狙っているのが三匹いた。


 白炎の大剣を構えたリリーが居るんだから、逃げる必要はなさそうだ。



 ただ、前から思っていたことを試してみようと思った。

 狼に僕のお尻の魔法が効くのか?というのと、もし効いた場合、狼の能力を受け継げるのか、という事。


 さすがに飲精して狼の知識を得ようとは思わない。

 大した知識もないだろうし。


「僕がひきつけますから、少し待っててくださいね」

 振り向いてリリーに言うと、僕は狼たちに少し歩み寄る。


「術が効かなかったら、頼みますね」

 僕の言葉で、これからやることを理解したのか、僕の邪魔にならない場所でいつでも剣を振れるようにリリーが低く構えた。


 じわじわ狼たちが近づいてくる。牙をむき出し、今にも飛びかからんと低い姿勢でにじり寄ってくる。


 この辺かなというところで、僕は後ろ向きになって狼たちにお尻を見せた。


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