第16話 勇者リリー



「え? あなたが僕の買主ですか?」

 金を払い終えた買主が僕の前に立った時、僕はあっけに取られてしまった。


「そうだぞ、着いてきな」

 軽快な革鎧に身を包んだその姿は確かに勇者の装いだったけど、その中身は茶色いウエーブのかかった長髪の美少女だったのだ。


 細面に切れ長の目、ちょっとだけ濃いめの眉が気の強さを表している。

 年は僕とそう変わらない、少しだけお姉さんみたいだけど。


 確かに小高い声だと思ったけど、あんな口の悪い女性がいるなんて思ってもなかった。 

 前を歩くその女勇者は大きな剣を背負っていた。両手剣使いか。


 階段を上る。この先は確か酒場兼宿屋だったはずだ。


「重そうな剣ですね」何の気なしに言ってみた。


 振り向く彼女は自慢げに言った。

「そうさ。こいつは白炎の大剣っていうんだ。格好いいだろ」

 そう言って右手を背に回すとすらりと抜いて見せた。


 白い輝きが刀身からゆらゆら煙るように上っている。本当だ、何かの魔法がかかってるみたいだった。


「格好いいですね、すっごーい」

 

 僕に褒められて気をよくした彼女は、両手で大剣を構えて戦いのポーズを取った。

 おお、なかなか様になってる。


 でも、よく見ると、握りしめた両手がプルプルと震えてる。


「おい、街の中で剣を抜くんじゃない」

 遠くにいた衛兵の注意が飛んできて、彼女はほっとしたように剣を下した。


 すいませーん、以後気をつけまーすと衛兵にへこへこしてる。

 あんまり強そうにはみえない。



「俺は偉大な勇者リリーっていうんだ。よろしくな」

 酒場のテーブルに着いたところで、彼女が自己紹介した。

 しかし、自分代名詞が俺か、タバサやリズより口が悪そうだな。


「偉大な勇者ですか、すごいな。有名なんですか?」


「これから有名になる予定だよ。それで、お前は?」


「僕は、ジュンって言います。よろしくお願いします」


「荷物持ちとしてお前には働いてもらうからな。ところで、何か特技ないのかよ」

 リリーは可愛い顔なのに、大口を開けて干し肉に食らいついている。


「ええと、特技ですか……、特にこれと言ってないですけど」

 僕も何か食べようかと思ったけど、奴隷商人につかまった時点で持ち物は取り上げられてしまっていた。あの間抜けな魔導士の部屋から、お金も少し持ってきていたのに。


「なんだよ。回復魔法とか、無いのかよ。それじゃあ冒険にはあんまり役に立たないな。そうだ、弓矢とかできない? 持ってないなら買ってやるから」


「いや、弓も扱ったことないです」


「そうか、でも練習すれば、と思ったけど、やっぱ無理だな。後方支援の弓を俺の背中に受けそうだもんな。これは却下と」

 リリーは一人納得すると、残りのミルクを一気飲みしてふぅとため息をついた。


「よし、じゃあ一仕事やってくるか」

 リリーが立ち上がって、カウンターの方に歩いて行った。

 僕も着いていく。


 カウンターの横には掲示板が設置してあった。

 ゲーム内と同じだ。

 掲示板には求人広告みたいに何枚か張り紙がしてあった。


「これなんかいいかな」

 リリーはその中の一枚を指さした。


 その紙には、『山賊の洞窟から金の竜印を取り戻してくる 依頼人:雑貨商 カロン』と大書きされて、その下に詳細が書かれていた。

 報酬は400Gとなっていた。Gというのはゴールドって事かな。


 相場はよくわからないけど、さっきの奴隷の女の子一人分だから、ひと月分の月給くらいにはなるのかな。


 リリーは広告を読んでいる僕の方をチラチラ見てくる。なんだ?


「どう思う?」

 それを僕に聞くのか?


「どうって言われても、報酬の事ですか? 確かに少し安いような気もしますね」

 きょろきょろした目つきは、そういうことを聞きたいのではないとわかったけど、意地悪くそう言ってみた。


「うーん、やっぱり危険そうだな。山賊、多そうだし、俺、いっぺんに大勢相手にするのって、ちょっと苦手なんだよな」


 勇者が何言ってるんですかって、いじめたくなったけど、僕も同行することになるんだし、やはり無茶はやめておいた方が良いだろう。


「こっちなんかどうですか? 皇帝の都市まで荷物を届ける、200G」

 僕は右下の広告を指さしてみた。


「そうだな。チュードンまで、少し遠いけど、荷物運ぶだけならそれほど危険はないかもな、どれどれ、依頼主は、首長補佐官じゃないか。なんで軍隊使わないんだろ。まあいいや。じゃあ行ってみようぜ」


 リリーは掲示板からその張り紙をピリッとはがすと、懐に入れた。


「ジュン、あっちの部屋に俺の荷物があるから、よろしく」


 酒場から出ていくリリーを追ってついて行く僕の背中には、彼女の荷物がどっさり。


 結構な重労働かもしれない。大きめのリュックサックには手鍋とかも吊るされてて、寝袋なんかの生活様式が一式含まれているようだった。

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