第6話 あの星に願いを

冬休みも終わり、新年を迎えて三学期がやって来た。一月に入ってすぐ、美術の授業で木を使った工作の単元が始まった。


私は、好きなアニメのキャラクターが使っている武器を作ることにした。そのアニメは優輝も好きだったので完成したら見せようと張り切っていた。元々絵を書いたり、何かを作ることが好きだったので、その授業がとても楽しかった。


 一度、中学一年の時、優輝に自分で書いたアニメのキャラクターの絵を見せたことがある。その時に


「この絵に点数つけるなら何点?」


と聞いてみた。すると優輝は


「九九点!」


と言った。私はあとの一点がものすごく気になったので聞いてみると、

描いたキャラクターの眉毛と前髪が少し重なっているからだと言った。


私はその時、優輝の事を改めて、すごくいい人だなと率直に思った。


今まで自分で描いた絵を見せた時に、直したほうが良いところを素直に言ってくれる人は母以外にいなかった。

そして自分の意志や思ったことをはっきりと言う事が難しいと感じていた私にとっては、優輝がすごくかっこいいと思った。


そんな優輝に褒めてもらった時は本当に嬉しかった。その事があったので今回も優輝に見せたいと思った。

 

 作品が完成した日の昼休み、優輝に放課後会えるかメッセージで聞いた。学校のある日に会おうと誘ったのは初めてだったので少し緊張した。

しばらくしてから


「部活終わってからならいいよ」


というメッセージが来た。ちっとも愛想のないメッセージだったけれど、放課後に優輝に会えるとわかった途端に、緊張で全くと言っていいほどお腹に入らなかったお弁当が、すぐに無くなった。


 学校が終わると、楽しみな気持ちよりも緊張のほうが大きくなっていて、自転車のペダルがいつもより重く感じた。


家に着くと、朝よりも高い位置で髪の毛を結んでから半袖に着替え、黒くて少し分厚いパーカーを羽織って外に出た。下に履いた長ズボンに入れておいた有線のイヤフォンを取り出して、お気に入りの曲を流した。そのリズムに合わせるようにして、目的地もないまま冷たい空気を掻き分けるようにして走り始めた。


しばらくしてから走る足を止めて、音楽に浸りながら長い時間歩いた。いつも走っている道なのに、少し明るいと全く違う場所に思えて少し不思議だった。

公園を通りかかる度、小学生の時に優輝や友達と遊んだ記憶がブワッと蘇ってきてものすごく懐かしくなった。


少し暗くなり始めて、部活の終わる時間に近づいてきたのでもう一度走ることにした。

ただ走るだけではつまらなかったので、優輝に会えるまで歩いてはいけないルールにした。


走る事自体が特別大好きなわけではなかったけれど、大好きな音楽のリズムに乗って走りながら、優輝の帰りを待つのがとても楽しかった。


どうか、私が生涯聴き続ける曲みたいに、優輝にもずっとそばにいてほしいと思った。


音楽に夢中になって走っていると、空はかなり暗くなっていた。すると後ろから光が近づいている感じがしたので、歩道の端に寄るようにして足を止めると、横に自転車に乗った学ラン姿の優輝がいた。

びっくりしてイヤフォンを勢いよく外して、携帯を見ると優輝から着信とメッセージがたくさん来ていた。

すぐ優輝に謝ると、パーカーを脱いで走っていたので半袖だった私を見て、驚いている様子で優輝が笑っているのが目に入った。

 優輝に驚かれてから改めてよく考えてみると、空気も風もとても冷たくて優輝はセーターに学ランと厚着なのに対して、自分が半袖一枚で外にいることがすごい事だと気づいた。


 それから、パーカーを置いている公園に行ってポケットに入れておいた優輝の好きなブロック状のチョコを取り出して


「部活、おつかれ!」


と言って渡した。すると、あげたチョコをすぐに口に入れて


「え!ありがとう。うまぁ。」


と嬉しそうに食べた。本当に普通のチョコが好きなんだなあと思い、微笑ましかった。


 それから、優輝に会えた嬉しさを全開にして作品を見せた。流石に点数をつけてとは言わなかったけれど、すごく褒めてくれた。


それから公園で、アニメに出てくるキャラクターの技のマネをしてふざけたり、いつものメッセージでのやり取りのように学校での事や部活のこと、笑ったこと、悲しかった事などをたくさん話した。


その公園からの帰り道に見た星空をとても鮮明に覚えている。公園の街灯を通り越した辺で、オリオン座がキラキラと光っているのがはっきり見えた。


 それから、月に二回くらいのペースで公園で会うようになった。毎回誘うのは私からだった。それでも優輝は毎回嫌がらず、部活終わりに公園に来てくれた。

優輝から誘って来るのを待ってみようともしたけれど、いつも我慢できなくて私から誘った。

メッセージではかなり塩対応な優輝だったけれど優輝は会うたび、すごく素敵な笑顔をしていた。


「好き」という事を言ってくれたのも片手で数えられるくらいしか覚えていないし、理想の彼氏にはあまり近くない優輝だったけれど、会って、普段の学校や他の女子の前では見せないような優輝の輝く笑顔を見てしまったら、その優しい眼差しが、なんだか私のことを本当に好きそうな気がしてきてしまった。勘違いでもいいとまで思った。ただ、ずっと優輝の笑顔に浸っていたかった。


 そして二月に入って少し経った頃、優輝と私は初めてハグをした。人生で初めて家族以外の男の人と、大好きな人とハグをした。

その時、今までの会えなかった寂しさや、辛かった時の事が一瞬にして癒えていく気がした。

優輝の体温がすごく優しくて今までにないほどに幸せを感じた。大袈裟かもしれないけれど人生という物がとても素敵だと思った。



体がゆっくりと離れるのを感じると、優輝が


「小さい笑」


と少しイタズラな笑顔で言った。

少しムカついたけれど、小学校の頃は私の方が少し高かった背も、今ではちょうど私の顔が優輝の肩くらいになっていた。


男子の中ではあまり大きい方ではない優輝だったけれど、優輝の背中は私より遥かに大きくて男の人の身体だった。学ランで隠れていたけれど、袖から少し見える優輝の手はがっちりとしていて、この腕に包まれていた数秒前の自分を想像するとどうしていいか分からないほどに恥ずかしくなった。


 その日家に帰ってから夜ご飯を食べる時に、長い時間外にいたので手が悴んで上手く箸を持てなかった。ご飯を食べ終えてからもずっと、優輝とハグをした事を思い出しただけで嬉しくてたまらない気持ちになった。何でも頑張れる気がした。


そして気がついた。恋人なら普通にできるハグをするのに、四年間も時間がかかってしまった理由を。全ては今日のためだったんだと、そう思った。



 優輝と放課後に会うようになって少し経つと、バレンタインの時期になった。当日は水曜日だったので、またいつもの公園で会った。

 

この日は今まで遊んだ日の中で二番目に長い時間を一緒過ごした。友達にもチョコを渡す予定だったので、友達の帰りの時間まで優輝が一緒に待っていてくれた。


友達が学校から帰って来るまでの間、公園のベンチでまた色々なことを話した。優輝が習っていたスイミングスクールでの事とか優輝のお父さんの事とか、普段は話さないような事を話した。


 結局、友達は帰ってくるのが夜の十時すぎになってしまうとの事だったので優輝と一緒に、その友達の家のポストまで届けに行った。


そして帰り際にバイバイのハグをした。


「チョコ、ありがとう。」


という優輝の低くて優しい声が、からだ全体に直に響くのを感じて、嬉しくて幸せでたまらなかった。


部活終わりなのに、かなりの時間待たせてしまったので少し申し訳なかった。


帰り道、空は黒いくらいに暗くて、星がとてもきれいに見えた。その星に向かってどうか、来年のバレンタインも優輝にチョコを渡すことができますように、と心のなかで願った。



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