第5話 初めてのお家デート

 暖かかった季節もすぎてあっという間に十一月になった。二学期の期末考査が近づいた頃、初めて優輝を私の家に招いた。テスト期間である、短縮日課の日に一緒に勉強しようということになった。


その日は、朝からすごく気分がルンルンで目覚めが良く、空はすっきりと晴れていて、ほのかに冬の匂いがした。

かなり冷えた日で、深く深呼吸すると鼻が冷たくなって、気管が冷えていくのを感じた。


たった三時間の授業中でさえ優輝の事を考えていた。

三限の授業が終わるまでのカウントダウンをして、授業が終わるチャイムを聞き終えてから、ラストホームルームを聞き流すように終わらせた。その後、友達に

「バイバイ!!」

と元気に言い放って自転車をかっ飛ばして帰った。イヤホンで音楽を聞き、冷たい風に吹かれながら、青く澄んでいる空の下でこの瞬間がとても幸せだと実感した。


家に着くと一時くらいに家に行くという内容のメッセージが届いていた。

その日は楽しみすぎて、朝ご飯を少し食べただけなのに、お腹はすいていなかったので帰ってからは、時間まで部屋の掃除をした。

あと五分ほどで一時になる時、


「着いたよー」


というメッセージが来た。ついに自分の部屋に優輝が入るときが来たと実感し、心臓がバクバクした。

髪の毛は変じゃないかなとか、部屋が狭いと思われないかなとか色んなことを考えた。

服はすごく迷ったけれど、キャミソールに黒いカーディガン。ゆるっとしたズボンと割とラフな格好にした。

 

私の家はアパートの一階にあり、優輝に部屋番号を伝えていなかったので玄関の先にある階段までサンダルを履いて出た。


扉を開けた途端にふわっと冷たい空気を頬に感じ、階段の奥に優輝姿が見えた。家の扉を開けてすぐ、優輝の顔が見えた事に慣れなくて、緊張して少し照れくさかった。


優輝を部屋に案内すると、温めておいた部屋がさらにに暖かくなった気がして、顔が火照ていくのがわかった。

部屋に着いてからは勉強道具を机の上に出しつつも、勉強はあまり進まなかった。というのも、隣に優輝がいるとつい、話したくなってしまうのだ。


中学の頃は会ったら何を話そうかと考えていたのに、それが嘘のようにポンポンと話したいことが浮かんでくる。


一つのヨギボーに二人で座って沢山話した。私の部屋にあった、髪に付ける金色のエクステをお互いに付けてみたり、サングラスを付けながら、英単語の暗記をしたりした。

初めてのお家デートは、今までの祭りや映画などとは違って、まったりとした雰囲気ですごく楽しかった。


 そんな勉強会はあっという間に時間が過ぎていって、気がつくと五時半過ぎになっていた。そろそろお母さんが帰ってきそうな時間になっていたので帰ることにした。


 家の扉を開けて二人で家を出た。外は暗くなり始めていて、透き通るような青い空に少しだけ雲がかかっていた。

私はカーディガンだけではとても寒かったので黒いダウンを上から着た。黒いTシャツにグレーのパーカーと薄めのジャケットだけだった優輝が、少し寒そうにしていたのを覚えている。


私は、家から優輝が一人で帰るのが、優輝と一緒にいれる時間を無駄にしているような気がしてしまって、ちょっとだけ送ることにした。

ダウンを着ていても風がとても冷たくて、つい何回も


「さむいね」


と声に出してしまっていた。すると


「俺、手袋持ってきた。」


と少し照れくさそうに片方の手袋を貸してくれた。優輝が部活に行くまでの間、手が冷えないように、いつも付けている物だった。


手袋は黒くて、よく優輝が着ていた服と同じメーカーのものだった。なんの変哲もない普通の手袋だったけれど、いつも優輝が付けているものだと思うと少しドキドキしてしまった。


その時、今のこの嬉しさをどうしても写真に収めたいと思い、冗談っぽく手袋をつけている左手で、半分のハートの形を作って空に向けて優輝の方を見た。

私の思い切った行動に、優輝は少し照れながらも手袋をしている右手でもう半分のハートの形を作ってみせた。


その時の写真は私の望み通り、いつ見てもその時の嬉しさやドキドキした時のことが蘇る写真になった。


 そして優輝の家の近くの公園に行くまで色んな話をした。

主に私が優輝に聞いてみたかったことを。


優輝はあんまり物欲がなくて、唯一欲しいものはワンピースのフィギュアで数十万円するらしく、とても自分では買えない物だそう。

嫌いな食べ物はバーベキューとかに出てくる椎茸。けれど基本何でも食べれるらしい。

好きな食べ物は、特に無いけど強いて言うなら、スーパーとかに売っている普通のチョコと牛タンらしい。全部が優輝らしい答えだった。


 今まで、小学校の時も聞く機会がなかったし、中学でも会うことすらなかったので、ずっと気になっていた。

私の改まった質問にゆっくりと答える優輝の声が優しくて、とても心地よかった。


 そして優輝と公園で別れてから家に帰ると部屋の机の上に、科学の授業プリントがあった。明らかに私のものではなかったので、名前を見ると


「一ノ瀬 優輝」


と、いつか見た、男の子だなぁという字で名前が書かれていた。


誰かの字で、ここまで愛おしいと感じたことは初めてだった。決してきれいとは言えない字だったけれど、私はこの字が大好きだと思った。

 

 優輝にプリントを家に忘れていると伝えて、


「今度かえすねー」


と曖昧にメッセージを送った。そして三日後の十二月三日に、プリントを返すために会おうと私が提案して会うことになった。


十二月三日は二人が付き合ってちょうど四年だったからだ。


 正直、記念日をお互いに覚えているのかわからないカップルは少ないと思うし、いないと思う。悲しいし、寂しいとも思ったけれど、小学校を卒業してから三年間疎遠になった私には、記念日だねと、メッセージを送ることはとても勇気がいることだった。

その事があって二人で記念日に祝うことはなかったけれど、毎月三日と毎年十二月三日には、心の中で盛大に祝った。そして優輝と付き合えていることに感謝する日でもあった。


そして高校生になってまた優輝と同じ学校に行くことになり、家で遊べるような仲になって、ついには記念日に会うくらいはしたいと思うようになった。

おそらく思って当然だと思う。それでも私にとっては、やっとその勇気が持てたので、その事自体がとても嬉しいことだった。


 十二月三日。ついに記念日に優輝に会った。そして勇気を持って言ってみた。


「なんで、わざわざ今日プリントを返すから会おうって言ったでしょう!」


元気よく言った覚えてない事はわかっていた。

それでも、今日からは覚えてほしいと願った。



「付き合って四年?」



少し緊張したような、合っているかな、というようなドキドキしたような表情で優輝が言った。

その言葉を聞いた時、言葉にできないほど嬉しかった。

あたかも、ずっと前から覚えてたよと言われたみたいで。

恋人なら記念日は知ってて当たり前、なんていう概念はとっくに消え去っていた私には、信じられなかった。


去年も一昨年も、私が一人で学校や部活中に浮かれていた時も、私しか覚えてないんだよなと、落ち込んだ日も、優輝も同じように、覚えていてくれたのだと思うと、今までの思いが報われたような気がした。






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