06-5.
「来年まで結婚を先延ばしにする理由はあるのか?」
メルヴィンの問いかけに対し、アデラインは頬に手を添えた。
腕の中から解放はされたものの、距離が近いのには変わりはない。
……結婚をしたいのかしら。
周囲から結婚を急かされる年齢ではある。
15歳の時に結ばれた婚約は6年目を迎えた。これほどの長い期間、婚約をし続けているのは珍しいだろう。
メルヴィンが結婚を焦っていたとしてもおかしくはない。
……お母様やお姉様のことを思えば、急かされていてもおかしくはないわ。
お茶会の場で度々言葉を交わすメルヴィンの母と姉を思う。
彼女たちはアデラインが嫁に来ることを心待ちにしていた。
夫婦仲が上手くいかないのならば、アデラインだけでも大公領にある本邸で暮らせばいいと何度も誘われたことがある。それすらも思うようにいかないのならば、アデラインを養女にするとメルヴィンの母は意気込みを語っていた。
二人の婚約の裏には、メルヴィンの母の思惑があった。
だからこそ、メルヴィンはアデラインに対して冷たい態度をとっていたのだろう。
「騎士としてエステルを守れなくなるのは困りますから」
アデラインは口にした返事が求められている答えなのか、わからない。
しかし、それが結婚を先延ばしにする理由の一つであるのには間違いではなかった。
「結婚後も男装をしてかまわないと言ったが?」
「……そうでしたかしら」
「昨日、伝えたはずだ」
メルヴィンに言われ、アデラインは昨日の会話を思い出す。
……言われたような気がしますわね。
男装が気づかれてしまったことで混乱していたのだろう。メルヴィンとの会話は戸惑うものが多く、必死に頷いていた覚えがあった。
「それでしたら、結婚を先延ばしにする理由はなくなってしまいますわね」
アデラインは素直に告げる。
「結婚をしてからも男装をしたまま騎士として過ごせるのでしたら、私、なにも問題はございませんわ。ですから、メルヴィン様がしたいようになさってもかまいませんわよ」
アデラインは自己主張をするべき場所としなくていい場所を弁えている。
結婚の問題はメルヴィンに丸投げしても良いと判断していた。
「いつでもいいのか? 希望はないのか?」
「ええ。メルヴィン様に愛されていると知ることができましたので。退屈で苦痛な日々にはならないでしょうから」
アデラインが描いていた地獄のような日々は来ないだろう。
お飾りだけの大公妃になる未来は遠のいた。
それならば、アデラインは結婚に怯える必要はない。
「そのような結婚になると思っていたのか?」
メルヴィンは不安げに問いかけた。
それもすべて、メルヴィンが婚約者に対して心のない対応をし続けた結果だと理解をしつつも、言葉にされてしまうと不安でしかなかった。
「待遇は改善していただけないでしょうと覚悟をしておりました」
アデラインは迷うことなく返答をした。
「ですが、メルヴィン様の想いを知った今となっては、なにも心配をしておりません。メルヴィン様の妻として相応しい振る舞いに努めますわ」
アデラインは公私ともに支える自信があった。
「どうかメルヴィン様のお好きなようにしてくださいませ。私は、メルヴィン様のお決めになられたことに反対などいたしませんから」
アデラインは結婚を急かすようなことはしない。
婚約期間を伸ばしていたのはメルヴィンの意向だ。それならば、結婚もメルヴィンのしたい時期にすればいい。
投げやりのような回答ではあったが、メルヴィンにはそれでよかったようだ。
「そうか」
メルヴィンは相槌を打つ。
「アデラインの気持ちはよくわかった」
メルヴィンはなにを考えているのだろうか。
少なくとも、アデラインの語った思いを否定することはないだろう。
「それでも、男装し続ける理由は義妹の為か?」
メルヴィンの問いかけに対し、アデラインは視線を逸らした。
……メルヴィン様の傍にいる為だったと伝えたら、どのような反応を見せてくれるのでしょうか。
本音を口にしても、メルヴィンは快く受け止めてくれるだろう。
しかし、素っ気ない対応をされていた日々を思い出してしまうと、勇気がでなかった。男装をしてでも傍にいなたかったのだと打ち明けてしまいたい気持ちを心の奥底にしまい込む。
「ええ。そうでなければ、危険な任務に同行させていただけないでしょうから」
アデラインは言い訳を口にした。
「義妹は聖女です。彼女の代わりになれる人はいないでしょう。それならば、義姉の私が守ってあげないと不安でしかたがないのです」
アデラインは言い訳の中に僅かな本音も混ぜる。
女性の騎士は、危険を伴う任務には参加させられないことが多い。特に討伐任務のような死傷者がでてしまう任務は、よほどの理由がない限り、参加しない。
女性が耐えられるような現場ではないという上層部の判断によるものだ。
しかし、聖女であるエステルは例外として扱われるだろう。
聖女の役目を果たせといわんばかりに過酷な現場に連れ回されるのが、目に見えている。
王立魔術師団に所属をしているカーティスはエステルの身の安全を守るどころか、進んで危険な現場に連れて行くように口添えをしかけない。
侯爵夫妻として貴族の権限を持つ両親には、現役ではない故に騎士団の行動を制限する権限など一つも残っていなかった。
だからこそ、アデラインが立ち上がるしかなかった。
エステルを使い潰すようなことをさせない為、権限を持ち続けるしか義妹を守る道はなかった。
「……ずいぶんとかわいがっているのだな」
メルヴィンは不服そうな声をあげた。
「ええ。義妹ですもの」
それに対し、アデラインは当然のことのように返事をした。
……不仲だと思っていたのかしら。
アデラインがエステルをかわいがっている話は有名だ。
血の繋がりがないと公にされているのにもかかわらず、アデラインはエステルを家族として扱い続けてきた。
それは13年かけて築き上げてきた大切な絆だった。
……お兄様とエステルはあまり仲良くはありませんものね。私たちも同じだと思われていても、なにもおかしいことではありませんわ。
カーティスはアデラインを大切な妹としてかわいがってきた。それはエステルに適用されることはなく、最低限の会話しかしようとしない。しかし、エステルは気にもしていないようだった。
「貴女の家族に嫉妬する男は醜いだろうか」
メルヴィンは自分自身に対して嫌悪感を抱いていそうな声をあげた。
自らを危険な目に遭わせるかもしれない任務に参加をするのは、すべて、エステルを守る為であると思ったのだろう。
……伝えてさしあげれば、少しは、楽になるのかしら。
心の奥にしまい込んだはずの気持ちが浮き上がってくる。
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