06-4.

「申し訳なかった」


 メルヴィンは素直に非を認めた。


 婚約者に送る手紙を代筆させるなど、非常識な話だ。


「二度とそのようなことはしない」


 メルヴィンは後悔をしている。


 非常識な振る舞いをしたことに対し、アデラインが怒っていてもおかしくはない。しかし、アデラインはそれを咎めることはないだろう。


「しかし、似ていなかっただろうか?」


 メルヴィンは手紙の点検を行ってすらいなかったのだろう。


「ええ。まったく違う字でしたわ。初めは似せる努力をなさっていたようですが、それ以降は明らかに女性の字でしたもの」


 アデラインは即答する。


 送られてきた手紙は明らかに女性の書いたものだった。


 丸みの帯びた独特の字体は、メルヴィンが書いたものではないと主張しているかのようでもあった。


 ……確認すらもしていなかったのですね。


 信用できる使用人に任せていたのだろう。


 騎士団長の仕事が忙しく、大公子として行わなければならない日々の業務は信頼している使用人に任せているのかもしれない。


「俺が書いたように見せるように指示は出していたが。……まさか、内容も酷いものだっただろうか?」


「まあ、そうでしたの? 手紙は素っ気ない内容でしたけれども。私の誕生日を祝いたい気持ちだけは伝わってきましたわよ」


「そうか。……申し訳ない。酷いことをしてしまった」


 メルヴィンは日頃の振る舞いを悔いていた。


 後悔することばかりだった。


「謝らないでくださいませ。私、代筆者の方が書かれていた手紙を楽しみにしておりましたのよ」


 アデラインは人の感情に疎いところがある。


 貴族の令嬢として相応しい礼儀作法を身に付け、社交界を上手く渡り歩ける技量と会話力を手に入れている。しかし、社交界で遺憾なく発揮されているコミュニケーション能力は、メルヴィンを前では使い物にならなかった。


 社交辞令を口にするのは慣れている。


 社交界の雰囲気に飲まれることなく、自分の思い通りに進むように調節することも得意だ。なぜか、それはメルヴィンを前にすると上手くいかなかった。


「私の宝物ですもの」


 アデラインはメルヴィンが書いたものではないと気づきつつも、送られてきた手紙を丁寧に保管してある。


 スコールズ大公家の使用人が書いたものであったとしても、アデラインの誕生日を祝いたい気持ちを抱いているのは十分すぎるほどに伝わってきたからだ。


「いつの日か、代筆者の方に会わせてくださいませ。私、きっと仲良くなれると思いますの」


 アデラインは身に付けることもできない安物のアクセサリーを思い出す。


 誕生日の手紙と共に送られてきたアクセサリーは、城下町で購入したのだろうか。侯爵家の令嬢が身に付けるのには不釣り合いな安物のネックレスは、今も宝石箱の底に眠っている。


 それは手紙の送り主がアデラインを思いながら、選んだものだったのだろう。


 代筆者にすべてを一任していると隠そうともしていなかった。


「不快ではなかったか?」


 メルヴィンは申し訳なさそうに問いかける。


 それに対し、アデラインは優しく微笑んだ。


「メルヴィン様には疎まれていると存じておりましたもの。それでも、スコールズ大公家にも、私を思ってくださる方もいらっしゃると知れたことは幸いでしたわ」


 アデラインは前向きに物事をとらえるようにしていた。


 そうしなければ、途中で心が折れていたことだろう。


「ですから、私を励ましてくださった彼女に、お礼を伝えたいと思っておりましたのよ」


 アデラインの言葉を聞き、メルヴィンはなにを思っていたのだろうか。


「次の誕生日からは俺が書く」


「それは無理ではないかしら」


「なぜ?」


 メルヴィンはアデラインを抱きしめながら、問いかける。


 ……本当にわかっていらっしゃらないのかしら。


 メルヴィンは婚約者に対して無関心であった。


 それが一転して、手放さないようにしようと抱きしめているのは、周囲の人から見れば人が変わったように思われることだろう。


 ……ここまで変わられるなんて。不思議ですわね。


 おかしくなってしまったと精密検査を勧める人も現れるかもしれない。


 アデラインも事情を知っていなければ、神官に検査をしてもらうように勧めていたことだろう。


「一週間後の11日ですもの」


 アデラインの誕生日は討伐任務の最中だ。


 正体を隠して参戦することになるアデラインの誕生日を祝うのは不可能であり、アデラインの家族がメルヴィンに対して怒りの感情を抱く原因にもなっている。


 婚約者の誕生日を祝わなくてもいい口実を作る為、意図的にその日に討伐任務を提案したのだと思われても仕方がないことだった。


 メルヴィンはアデラインを腕の中から解放する。


 そして、本当に知らなかったのだろう。顔色が悪くなっていた。


「メルヴィン様。貴方の選択は間違っておりませんわ」


 アデラインは誕生日を重視していない。


 毎年、豪華なパーティが開かれるものの、そこに恋い慕う人がいないのならば、空しいだけの日に変わるだけだった。


「大規模討伐は行わなければなりません。人々の生活を守ることも騎士の義務ですもの。メルヴィン様は正しい選択をなさったのですわ」


 アデラインは心の底から思っている言葉を口にする。


 騎士としてするべきことを蔑ろにするつもりはなかった。


「……騎士として正しくとも、婚約者としては最低だろう」


「それは今に始まったことではございませんわ。気になさらなくてもよろしいのではないでしょうか?」


 アデラインは容赦なく言い切った。


 ……言葉の選択を間違えたかしら。


 言い切った後に後悔をする。


 メルヴィンは心を入れ替えて婚約者を大切にするつもりだったのだろう。


 今までの行いを悔いていた。


 だからこそ、それを気にしていないと言い切ったアデラインがなにを考えているのか、メルヴィンにはわからなかった。


「それでしたら、来年の手紙をお待ちしておりますわ」


 アデラインの言葉にメルヴィンは複雑そうな顔をした。


 ……問題があるのかしら。


 挽回の機会があるのならば、それを活かせばいい。

 それだけの話がメルヴィンに伝わらないとは思えなかった。


 ……婚約を白紙にしたいわけではないでしょうし。


 互いに想いが通じ合った。


 両想いならば婚約が白紙に戻る確率は低いだろう。


 それならば、なにが問題なのか。アデラインは見当もつかなかった。

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