06-3.

「メルヴィン様は婚約者を冷遇していられたのに、なぜ、私の好みを知っておられるのですか?」


 アデラインの好みを知る者は少ない。


 多くの人々がアデラインは派手なものを好んでいると思っているだろう。


 アデラインの所有しているドレスは数えきれないほどだ。


 しかし、ドレスのデザインは違うものの、赤系統のドレスが一番多い。そのほとんどは母親やエステルが選んだものだが、本人の好みだと思われていることだろう。


「……偶然、城下町で見かけただけだ」


 メルヴィンは視線を逸らしながら、打ち明けた。


「その時の服が似合っていたから。きっと、そういう色合いのものを好むのだろうと思ったんだ」


 メルヴィンの言葉を聞き、アデラインは瞬きをした。


 ……城下町で目撃をされていましたの?


 侯爵家の令嬢であるアデラインとして、城下町に出かけたのは十六年前の一度だけだ。それ以外は男装をしていた。


 ……まさか、この部屋は、アディ・エインズワースの為に用意をされていたということですの?


 幼馴染の忠告は正しかったのだと実感した。


 この部屋は婚約者であるアデラインの為に用意されたものではない。メルヴィンが想いを寄せていた初恋の相手を住まわせる為に用意されたものだったのだ。


 偶然、初恋の相手の正体がアデラインだったからこそ、最初から婚約者の為に用意されていたかのように振る舞っていたのだろう。


「メルヴィン様。アディ・エインズワースを連れ込もうと思っておりましたの?」


「違う。そういうつもりはなかったんだ」


「否定なさらなくてもかまいませんわ。私と疎遠だったのは事実ですもの。ですが、婚約者の親戚だと思っていたのにもかかわらず、部屋まで用意しておくのはどうかと思いますわよ」


 アデラインはメルヴィンに視線を向ける。


 ……本当にそういうつもりではなかったのでしょうね。


 メルヴィンの性格はよく知っている。


 婚約者がいながらも愛人を囲むような人ではない。


 初恋の相手と思いを通じ合うことができれば、アデラインとの婚約を白紙戻すつもりだったのだろう。


「本当に違うんだ」


 メルヴィンはアデラインの手を握る。


 距離をとられると思ったのか。


 それとも、引き留める為に無意識で触れてしまったのだろうか。


 どちらにしても、アデラインがその手を振り払うことはなかった。


「連れ込もうなんて思っていない。ただ、無意識に君が好みそうなものを買ってしまっていただけなんだ」


 メルヴィンは焦っていた。


 本音を取り繕うこともせず、アデラインの誤解を解こうと必死だった。


「アデライン。君なら、きっと、こういうものが好きだろうと。そう考えると、意外と楽しくてだな。気づいたら、家具を揃えてしまっていたんだ」


「……アディ・エインズワースではなく? 私のことを考えていたのですか?」


「そうだ。俺も、なぜ、アデラインのことを考えているのか、わからなかった。だが、気づいたら、君のことばかりを考えていた」


 メルヴィンは嘘を口にしない。


 嘘を考えている余裕などなかった。


 ……なぜですの?


 アデラインはメルヴィンの言葉を信じてしまいたかった。


 そうすれば、前世から抱き続けていた恋心が報われる気がした。


「その言葉を信じることにいたしましょう」


 アデラインは泣きそうな顔で笑った。


 ……どうして、あの日のことを思い出してしまうのかしら。


 前世の別れを思い出す。


 思いを告げることも許されなかった。義妹に伝えてほしいと言いながらも、口にしていたのは最愛の人への愛の言葉だった。


 それは呪いのようにアデラインの心を縛る。


 今世では口にすることが許されている。


 それなのに、想いを口にすることさえもできなかった。


「私の愛を貴方にさしあげますわ」


 アデラインは前世と同じ言葉を口にする。


 その言葉をメルヴィンに告げるのは、二度目だということをメルヴィンが知ることはない。前世の記憶を所持しているのはアデラインだけだ。


「ですから、どうか、私だけを見ていてくださいませ」


 アデラインの言葉を聞き、メルヴィンは安心したのだろう。


 露骨なまでに肩の力が抜けていた。


 掴まれていた手は離され、そのまま、抱き寄せられる。


「アデライン」


 メルヴィンはアデラインを抱きしめながら、名を呼ぶ。


「俺にはアデラインだけだ。愛している」


 メルヴィンは愛の言葉を口にする。


 大切な人を守るように抱きしめる腕には迷いはなかった。


 ……緊張で倒れそうですわ。


 鼓動が早くなる。


 恋い慕う人に抱きしめられ、緊張していることがメルヴィンにも伝わっていないか、不安になった。


「はっ、話は終わっておりませんわ」


 アデラインはメルヴィンを突き放すことができない。


 ……まさか、このままで話をするつもりでしょうか!?


 心の中で動揺する。


 メルヴィンはアデラインを抱きしめたまま、動こうとしない。


 それどころか、話があるのならばなんでも聞くと言いたげな顔をしていたのだが、メルヴィンの腕の中にいるアデラインにはメルヴィンの表情は見えていなかった。


「どうした? 他に気になることがあるんだろう?」


 メルヴィンは問いかける。


 しかし、アデラインを抱きしめたまま、姿勢を変えようとしない。


「メルヴィン様」


 アデラインは観念したように声を上げた。


「誕生日の手紙を書いていたのは、誰ですの? 手紙が添えられてはいましたが、あれはメルヴィン様の字ではありませんわ」


 アデラインの疑問に対し、メルヴィンは気まずそうな顔をした。


 ……すぐに返事をしませんのね。


 先ほどまではアデラインの誤解を解こうと、間を置かずに返事をしていた。


 ……もしかして、気づかれていないと思っていたのかしら。


 誕生日の手紙を代筆させていたことに気づかれていると思っていなかったのだろうか。


「メルヴィン様の字に似せるつもりもなかったのでしょう? ですから、その方は代筆者には向いていないと思いますわ」


 アデラインは怒っているわけではない。


 素っ気ない手紙ではあったものの、アデラインの誕生日を祝おうとする気持ちだけは伝わる内容だった。趣味の悪いアクセサリーが贈られてきた時もあったが、あれは、アデラインの好みを知らない相手だったからだろう。

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