06-2.

 ……赤を基調とされていなくてよかったですわ。


 アデラインは派手な色合いが似合う。


 しかし、本人はそれほどに派手なものを好んでいるわけではない。


 社交界で恥をかかないように、自分に似合う色合いのものを身に付けるのは常識だ。社交界では些細な失敗でさえ笑いの種になる。


 侯爵家の令嬢として、アデラインは社交界の華にならなければならなかった。


 聖女の義姉として恥をかくわけにはいかなかった。


「隣は俺の自室になっている。互いの部屋から寝室に行き来ができた方が便利だろう?」


「……行き来をするご予定がありますの?」


「当然だろう。婚約者だからな」


 メルヴィンの言葉は本音だろう。


 ……婚約者としては当然でしょうけども。


 いずれ結婚をする間柄だ。結婚をすれば後継者問題は避けられない。


 寝室を共用するのは当然だ。私室が与えられているだけでも好待遇と考えるべきかもしれない。


 ……別室にされていると思っていましたのに。


 形だけの婚約者だった。


 結婚をしても冷遇されると思っていた。


 婚約者の為に用意をされていた部屋ならば、寝室も別にすると言われるだろうと思っていた。


「なにかおかしいか?」


 メルヴィンは不安そうに声をかけた。


「いいえ。婚約者としては当然のことだと思いますわ」


 アデラインはすぐに否定する。


 おかしいことはない。


 しかし、アデラインは違和感を抱く。


 ……初恋の相手の正体が私だと気づかれたのは、昨日だったはずですわ。


 アデラインも自身がメルヴィンの初恋の相手だと知らなかった。婚約を交わしてからというものの、互いにすれ違い続けていたのだと気づけなかった。


 ……それ以前の待遇が酷かったことを自覚なさっておりましたわね。


 婚約者に冷遇されているという噂を知りつつ、メルヴィンは噂を放置していた。


 そのことに対して謝罪はされたものの、噂は噂に過ぎなったのだと社交界に広まるのには時間が要することだろう。


 ……それなのにもかかわらず、婚約者の部屋を用意するものかしら。


 メルヴィンはなにを考えているのだろうか。


 ……変ですわね。


 アデラインはメルヴィンに良く思われていなかったことを知っている。


 男装の秘密が露見した結果、メルヴィンはアデラインに好意を抱いていると告白したものの、それはアディ・エインズワースとして接してきた日々が功を奏しただけである。偶然、初恋の相手がアデラインだったという事実に気づいただけであり、事前に婚約者の好みを把握していたとは考えにくい。


 ……まさか。


 頭を過る可能性に身震いをした。


 ……誕生日に手紙を送ってきていた代理人によるものでしょうか。


 婚約をした後から、誕生日にはアクセサリーと手紙が送られてきていた。その手紙はメルヴィンが書いたものではなく、代筆だとアデラインは気づいていた。


 騎士として働いていたことにより、気づいてしまったのだ。


 メルヴィンの字に寄せるつもりもなかったのだろう。


 明らかに手紙の字とメルヴィンの字は違った。


「……メルヴィン様。扉を閉めてくださる?」


 アデラインは真相を確かめるしかなかった。


 ……我が家に内通者がいるとは思いたくはありませんが。


 アデラインの好みを把握されているのは気持ちが悪かった。


 定期的に交流をしていたのならば、婚約者の好みを把握していることに喜びを抱いたかもしれないが、事情が違いすぎる。


 ……代筆者が誰なのかも気になっていたところですし。


 本音を打ち明けるのには、ちょうどいい時期なのかもしれない。


「わかった」


 メルヴィンはアデラインの意図を理解していない。


 しかし、他人に聞かれたくはない話があるのだろうと察したようだ。扉を閉め、丁寧に鍵までかける。


 ……鍵はかけなくてもかまいませんでしたのに。


 アデラインは心の中で思いつつ、口にはしなかった。


「こちらで話をしようか」


 メルヴィンは歩きながら提案をした。


「そちらは寝室でしょう? 座る場所ならば、この部屋にもありますわ」


 アデラインは制止をかける。


 ……なにを考えていらっしゃるのかしら。


 アデラインにはメルヴィンの考えがわからない。


「用意した部屋を確認するべきだろう?」


 メルヴィンは当然のように主張する。


「気に入らないところがあれば、直さなければならない。アデラインの意見を聞きたいんだが」


「それは正式に結婚を控え、同棲を始めた後でもよろしいのではなくて?」


「それはそうだが。……わかった。先に話を聞こう」


 メルヴィンはなにを考えているのだろうか。


 ……妙ですわね。


 アデラインにはメルヴィンが焦っているように見えた。

 焦っていることを悟られないようにしているのか。メルヴィンは部屋に備え付けてある二人掛けのソファーに腰をかけた。


「アデライン。隣に座らないのか?」


「いえ。座りますわ。話をしなければなりませんもの」


 メルヴィンの言葉にアデラインは疑問を抱かなかった。


 隣に座るのが当然のように感じていた。


 ……距離が近いのではなくて?


 仕事をしている時にも同じ思いをしたことがある。


 アデラインはメルヴィンの隣に座りながら、距離の詰め方がおかしいのではないかと疑問を抱いた。


 ……他の方とは適度な距離を保っていたはずですが。


 仕事中もなにかにつけて頭を撫でられたり、手に触れられたりしたことがある。それはお気に入りの部下に対するコミュニケーションの一環だろうと思っていたのだが、その大前提が間違っていたのかもしれない。


 ……ディーンの忠告が正しかったのですね。


 第二騎士団に所属をしている同期、ディーン・オルコットを思う。


 王立魔法学院を卒業したのと同時に結婚をした愛妻家であるディーンには、度々、メルヴィンの言動に注意をするように口煩く言われていた。


 それを幼馴染の過保護な性格によるものだと聞き流していたことを後悔する。


「アディ・エインズワースの正体に気づいたのは、昨日ですわよね?」


「そうだ。もっと早く気づくべきだったと悔やんでいるが」


「悔やまないでくださいませ。私、気づかれないように努めておりましたので」


 アデラインの男装は完璧ではなかった。


 女性としては憧れの的になる恵まれた体型は男装に適さない。圧迫骨折をしてもおかしくはないほどに締め付け、特注のコルセットを身に付けた姿は痩せるべきだと指摘されてもおかしくはないものだった。


 顔だけは男装の麗人なのにとエリーが嘆いていたのを思い出した。

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