05-7.

 メルヴィンがアディ・エインズワースに執着をしているのには気づいていたが、同じ名を持つ者ならば誰でもいいと考えているのではないだろうか。


 不意に浮かんでしまった疑問を心の奥に封じ込める。


「困ったな」


「なにが困るのですか?」


「彼に会った時にどのように接すればいいのだろうか」


 メルヴィンの疑問に対し、アデラインは首を傾げた。


 執事の仕事を覚えるのに忙しいアディが侯爵邸を出る時は、アデラインが大公家に嫁入りをする時だ。そう決められている。


「アディと知り合いですか?」


 アデラインは疑問を口にする。


 ……まさか、思い出の方が、アディだと思っていらっしゃる?


 メルヴィンが語っていた思い出の話が頭を過る。


 その思い出の時間を共有したのはアデラインである。しかし、メルヴィンはアデラインがその人物であると気づいていない可能性が高い。


 少なくとも、昨日までは気づいていなかったのだ。


「違う」


 メルヴィンはすぐに否定した。


「だが、俺がアディと呼ぶのは仕事中のアデラインだけにしたいのでな。他の呼び方を考えなければ、遭遇した時に困るだろう?」


「……そういうことですか。真面目な方ですね」


「それ以外の理由などないだろう。まさか、俺がアディと名前がついていれば誰でもいいと考えていると、思ったわけではないだろうな?」


 メルヴィンの言葉にアデラインは目を逸らした。


 図星だった。


 いつもならば、何事もなかったかのように誤魔化せるのだが、メルヴィンの前では上手くいかない。


 言い訳を考える暇もなく、口を閉ざすことしかできなかった。


「アデライン」


 メルヴィンは呆れているわけではない。


 アデラインに好意を抱いていないと勘違いさせるのは、メルヴィンの日頃の行動が原因だ。


 そのことを理解している。


「俺は十六年前の初恋を忘れたことはない」


 メルヴィンの言葉に嘘はなかった。


「存じておりますわ。お義姉様から何度も聞かされましたもの」


「姉の言葉は真に受けなくていいが。とにかく、俺は貴族にしては珍しく一途な人間だ。だから、他に目移りをするのではないかと心配する必要はない」


 メルヴィンの言葉を聞き、アデラインは軽く頷く。


 ……貴方が一途なのは知っていますわ。


 前世でもそうだった。


 その真面目な性格が変わることはないだろう。


「だから、心配はしなくていい。俺だけを見ていてくれ」


 メルヴィンの言葉を聞き、アデラインは笑ってしまった。


 ……一日でここまで変わる人を信じるなんて、無理がありますわ。


 アデラインはメルヴィンの性格を知っている。


 仕事熱心な姿も、真面目な性格も知っている。


 だからこそ、メルヴィンが本気で言っていることに気づいていた。


 ……初恋の人だけを思っていたかったのでしょうね。


 初恋の相手を特定するのには時間が必要だったことだろう。


 偶然、男装をして傍にいたアデラインが初恋の相手だと気づけたのは、運が良かった。


 気づけていなければ、婚約を白紙に戻されていたかもしれない。


「メルヴィン様の性格は存じ上げておりますもの」


 アデラインは動じない。


 動揺を相手に悟らせるような真似はしない。


「女性がお嫌いだという噂は真実ですの?」


 だからこそ、アデラインは話題を変えた。


 わざとらしい変え方であったが、メルヴィンは気にもしていないだろう。


「正しくはない。女性が苦手なだけだ。避けていたら、女嫌いという噂になっていたというだけだ」


 メルヴィンは質問に答えた。


 女嫌いという不名誉な噂が流れていると知りながらも、放置していたのは、少しでも苦手意識のある女性たちと関わりたくなかったからだろう。


「そういうことでしたの」


 アデラインは納得した。


「安心しましたわ」


 女嫌いと噂されているとは思えないほどに、メルヴィンはアデラインの肌に手を伸ばそうとしていた。隙があればキスをしようとする。


 それは女嫌いの行動ではない。


 だからこそ、抱いていた違和感は払拭された。


「私とのデートも無理をされているのではないかと、心配しておりましたのよ」


「そんなはずがないだろう。俺から声をかけたのに」


「ええ。それでも、心配になるのが女心というものですわ」


 アデラインの言葉を聞き、メルヴィンは複雑そうな顔をしていた。


 メルヴィンが女心を理解する日は来ないかもしれない。


 縁の遠い話として聞き流さないのは、アデラインが当然のことのように口にしているからだろう。


 メルヴィンは少しでもアデラインの考えを知りたかった。


 騎士としてではなく、婚約者として理解をしたかった。


 その気持ちにアデラインは気づいていなかった。


「あら。馬車が止まりましたわね」


 アデラインは窓の外に視線を向ける。


 馬車は目的地に到着をしたようだ。


 御者が扉を数回叩き、慣れた手つきで扉を開ける。先に降りたメルヴィンは、恥ずかしそうな顔をしながらも、エスコートをする為に手を差し出した。


「ありがとうございます、メルヴィン様」


 アデラインは迷うことなく手を借りた。


 馬車が止められたのは人通りの多い場所だった。城下町の中でも貴族御用達の店が多く並んでおり、行き来をする人々の大半は貴族に仕えている者たちだろう。


「……エリーはどこにおりますの?」


 従者用の馬車の姿が見えない。


 アデラインは周囲を見渡してみたものの、エリーが待っている様子もない。

 それどころか、途中までは確実に馬車を追いかけていたエステルの姿もなかった。


「メイドがいなければ、問題があるか?」


「同席をすると伺っておりましたの。護衛も兼ねているはずではありませんでしたの?」


「事情が変わっただけだ。それに護衛は俺がいるから必要ないだろう?」


 メルヴィンは適当に話を濁している。


 ……あやしいですわね。


 メルヴィンがエリーに危害を与えることはないだろう。


 侯爵家のメイドに手を出すような趣味もないはずだ。


「エリーをどこに連れて行きましたの。彼女は私の大切なメイドですわ」


 アデラインはメルヴィンを問い詰める。

 それに対し、メルヴィンは隠し通すつもりはなかったようだ。

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