05-6.
……寒い時期ではないのに、過剰な格好だとは思いましたが。
それはメルヴィンも、どの服を着ていくか、悩んだ結果だと思っていた。
女性よりは時間がかからないかもしれないが、貴族の男性ともなれば、それなりの衣装室があるはずである。
初めてのデートで失敗をするわけにはいかないと服装を悩むメルヴィンの姿を想像し、アデラインは頬を赤らめた。
「独占欲といえば、伝わるだろうか」
メルヴィンは貴族が好むような口説き文句を知らない。
だからこそ、感情のままの言葉を口にする。
「アデラインは俺の婚約者だと周囲に知らしめるのには、俺の服を着せるのが効率的だと言われてな。なにも疑わず、実行したのだが。……不快だろうか?」
メルヴィンは恋に疎い。
十六年前の初恋を胸に抱え、それを叶えられると信じていた。
初恋の相手が婚約者だと知らず、かなり遠回りをしてきたのだ。
メルヴィンを慕うメイドたちの言葉に乗せられ、独占欲を公にするような真似もしてしまう。
それほどにメルヴィンは必死だった。
残念ながら、その必死さは空回りをしてしまい、アデラインの心には響かなかった。
「知らしめる必要性がありますか?」
アデラインは渡された上着を羽織る。
対格差がよくわかる大きめの上着によって、露出をしていた肩が隠れる。赤色のドレスを着てくることがわかっていたかのように、調和がとれており、違和感がない。
……大公家の密偵でもいるのかしら。
アデラインのドレスを大公家のメイドに伝えるような人はいなかったはずだ。
しかし、その存在を疑わずにいられなかった。
「私がメルヴィン様の婚約者というのは周知の事実です」
二人の婚約を知らないと口にする者がいたならば、それはこの国の貴族ではない。友好国の貴族すらないかもしれない。
それほどに貴族の間では有名な話だ。
「それなのにもかかわらず、メルヴィン様のお気に入りになろうとするご令嬢たちがいらっしゃるのは、社交界での評判が恐ろしく悪いからですわ」
アデラインは言葉を選ばない。
事実を淡々と告げた。
「婚約者を蔑ろにしているという噂か」
「ええ。ご存知のようでなによりですわ」
アデラインはメルヴィンの言葉を、社交界で群がってくる女性たちを避ける為の盾に使おうとしていると解釈した。
……私の社交界での振る舞いも耳に届いてないようですし。
メルヴィンは社交界そのものを避けようとしているのだろう。
……牽制を強めても良かったかもしれないわね。
アデラインは同席にしない婚約者の評判が悪いと気づいていた。
だからこそ、その原因はメルヴィンにあるのではなく、自分にあるのだと話題を逸らしていた。そうすることでメルヴィンの社交界での印象を和らげようと努めていた。
すべてはメルヴィンを思ってのことだった。
「悪かった。次のパーティには参加をする」
メルヴィンは反省をしていた。
そして、アデラインが誤解をしていることに気づかないまま、謝罪をする。
「無理ですわ。次に開かれるのは、討伐をお祝いするものでしょう?」
アデラインはすぐに言葉を口にする。
……私の誕生日は身内だけのものにすると、お父様がおっしゃっていましたもの。
誕生日の当日に予定されていたパーティは取り止めになっている。
大規模な討伐任務に参加をすることになったからだ。主役が不在のパーティを開いたところで意味はない。
討伐任務が無事に終わった後、身内だけの小規模なパーティを開くと父親は公言していた。それにはメルヴィンは呼ばれないだろう。
「メルヴィン様は騎士団長として出席をしなければなりませんもの。私に気を遣う必要はありませんわ」
アデラインは誤解だと気づかないまま、諦めたかのような言葉を口にした。
「私はエステルのエスコートをしなければなりませんから。メルヴィン様が気に留めることはありません」
アデラインは早口で言い切った。
……エステルを説得しなければなりませんね。
奇行癖をごまかすのは多大な労力が必要だ。
討伐任務の後には大規模なパーティが用意されている。
誰もが討伐任務が成功すると信じて疑わない。
それほどの実力者ばかりが集められているというよりは、聖女であるエステルが参戦するのが大きな影響を与えている。
「アディではなく、アデラインとして出席をするのか?」
「そうなりますね」
「毎回、祝いの席にいなかったのはそれが理由か」
メルヴィンは納得したようだ。
討伐任務に参加をしているのにもかかわらず、アディ・エインズワースは戦勝祝いの場に姿を見せなかった。
元々休みの多いアディ・エインズワースの行方を気にする者は少ない。
公の理由としてはエインズワース侯爵家での仕事をする為ということになっているが、実際にはアデラインとして出席をしていた。
アディ・エインズワースはアデラインが男装をしている時に使用している親戚の名前である。その名の本来の持ち主は実在しており、今日も侯爵邸で若手の執事として仕事に追われていることだろう。
アデラインに名を貸す代わりとして、アディは職を得た。
エインズワース侯爵家の遠縁の生まれとはいえ、アディは爵位を継承することさえもできなかった没落貴族だ。
没落した一家を救済し、衣食住の保証と職場の提供と引き換えに、アディは自らの名を喜んで貸し出した。
「アディに女装をさせても良かったのですが、あの子、ダンスが下手なのですよ。あれでは私の代わりは務まりませんわ」
アデラインの言葉を聞き、メルヴィンは目を見開いた。
「待て。同じ名前の人が存在するのか?」
メルヴィンは想定しなかったのだろう。
信じられないと言わんばかりの声をあげていた。
……アディなんて珍しい名前でもないはずですが。
平民には多い名前だ。
同じ年代の人を探せば、王都の城下町にも同じ名を持つ青年がいてもおかしくはない。
実際、爵位の継承に失敗し、手を出していた事業も傾いたことにより貴族の地位を手放すしかなかったアディも平民として生きていくのに違和感のない名前がつけられている。
「ええ。私の遠縁ですわ。そうでなければ、エインズワースの名を使うことができないでしょう? 存在しない人の名を語れば、いずれ、男装をしていると気づかれてしまいますもの」
アデラインは動じない。
……アディに会いたいのかしら。
疑問が頭を過る。
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