05-8.

「心配をするな。先に大公邸に送らせただけだ。着替えの手引きを家の者に伝えておく時間が必要だろう?」


「着替えが必要となることはありませんわ。着崩れの起こしやすいドレスではありませんもの」


「いや。万が一に備えておくのも必要だ」


 メルヴィンはなにを企んでいるのだろうか。


 ……危険なことはしないと思いますが。


 婚約者との初めてのデートに城下町を選ぶような人だ。


 女性が喜ぶような手管を知っているとは思えず、アデラインは雲行きが怪しくなるのを感じた。


「それならば、先に教えておいてくださいませ。私、よけいな心配をしたくはありませんから」


 アデラインは素っ気なく言った。


 ……エステルはエリーの乗る馬車を追いかけてしまったようね。


 デートの邪魔をしてほしいわけではない。


 しかし、想定範囲の斜め上を走っていくようなエステルを野放しにしているわけにもいかない。


 ……聖女を追い返すとは思えませんが。


 エステルは聖女だ。


 大公邸で働いている人々も、聖女の話題は耳にしたことがあるだろう。


「それでどちらを案内してくださるのかしら」


 アデラインはメルヴィンの腕に手を触れる。


 貴族の令嬢として、婚約者にエスコートをしてもらう為の仕草は嫌になるほどに教育をされている。無意識に触れただけだったのだが、メルヴィンは好意的にとらえたのだろう。


「そうだな。大公家で贔屓にしている鍛冶屋があるんだが。そこを案内しよう。アデラインも気に入るものがあるはずだ」


 メルヴィンは自信満々に告げた。


 ……婚約者とデートをするつもりはあるのかしら。


 アデラインも職業柄、鍛冶屋には興味がある。


 しかし、女性の婚約者を真っ先に連れて行く場所ではないだろう。


 ……メルヴィン様らしいですけども。


 その提案を否定することなく、アデラインは嬉しそうに頷いてみせた。



* * *



 案内された店には、ドワーフたちが作った高品質な武器たちが並んでいた。


 人よりも背が低く、人よりも長く生きるドワーフは高度な鍛冶や工芸技能を持っていることが多く、その生涯を鍛冶仕事に捧げる者がほとんどだ。


 しかし、彼らは人を好まない。


 ドワーフの作る武器を手にした人は異種族の命を悪戯に奪う。


 領地を守る為だと口にする姿は、ドワーフにとって命を奪う為の言い訳にしか聞こえなかったことだろう。


 人に武器を与えることに嫌悪感を抱き、ドワーフたちは山に籠った。その存在は確認されているものの、人と関わろうともせず、静かに暮らしているというのが一般的な認識だった。


「ドワーフとは、あのドワーフですの?」


「そうだ。昔から大公領に暮らしている彼らが作ったものばかりを扱う店だ」


「まあ。素敵ですわね」


 アデラインはメルヴィンの話を聞き、目を輝かせていた。


 大公家が贔屓にしている鍛冶屋は、アデラインを暴走させていた。


 侯爵邸にも様々な武器や暗器が取り揃えてあるのだが、それよりも多くの種類が取り揃えられていた。


「このような素晴らしい技術をお持ちなんて!」


 アデラインは興奮をしていた。


 この店で取り扱っている素晴らしい武器を作っているのは、鍛冶屋を経営している店主とその弟子たちだけだ。自分たちだけで考案し、新しい武器の形を生み出そうとしているという店主の話を聞き、アデラインは目を輝かせた。


「……ドワーフと知っても引かんのか」


 店主は怪訝そうな顔をした。


「メルヴィン坊主が代理を立てなくていいと言ったわけか」


 店主は自ら用意した椅子に座る。


 客人を前にしているとは思えない態度をとるものの、それを咎める人はいない。ドワーフの特徴を隠そうとさえもしない店主はアデラインを見上げた。


「ワシはベルンハルトだ。お嬢ちゃんの名は?」


 店主、ベルンハルトは名を告げた。


 それにはメルヴィンも目を見開いて驚いていた。


「アデライン・エインズワースですわ。ベルンハルト様、お会いできて幸栄です」


 アデラインは軽くお辞儀をして挨拶をする。


 貴族の令嬢がする挨拶の仕方を見たベルンハルトは眉をひそめた。


「お嬢ちゃんも剣を使うのか」


「はい。騎士として、王族の方々と民の為に剣を振るいますわ」


 アデラインは質問の意図を理解していない。


 だからこそ、素直に答えていた。


 ……ドワーフは人を嫌うと聞いていましたが。


 エインズワース侯爵領ではドワーフの姿を目撃したことはない。領内の山奥に住んでいるという噂はあるものの、それを確かめたことはなかった。


 ドワーフは鍛冶や工芸品を作ることに生涯を捧げる。


 人々の害にはならない。それならば、互いの領域に足を踏み入れずにいるのが、なによりも賢い方法だとされてきた。


 ……大公領は違うのかしら。


 王国に忠誠を誓っているものの、スコールズ大公家は独自の文化を持っている。百数年前まで、大公家は独立した国だった影響が残っているのだろう。


 ドワーフと共存する文化があるのかもしれない。


「……そーかい」


 ベルンハルトはわざとらしくため息を零した。


「こんな若いお嬢さんまで戦わねばならんとは。王国の人手不足はワシが思っていたよりも、ずっと酷いもんじゃな」


 ベルンハルトはアデラインに同情をしていた。


 女性でありながらも騎士として生きる道を選んだのには、壮絶な過去があるのに違いないと思い込んでいるのだろう。


 その思い込みを否定しようと口を開いたアデラインを、メルヴィンは無言のまま制止した。


 ……なぜですの。


 アデラインはメルヴィンに視線を向ける。


 勘違いさせたままでいるのは不快だった。


「お嬢ちゃんの武器を作らせてもらおう」


 ベルンハルトは椅子から降りた。


「近日中には届けてやる。今日はさっさと帰れ」


 ベルンハルトは店仕舞いにすると告げた。


 この後、工房に籠るつもりなのだろう。



* * *



 ……個性的でしたわね。


 アデラインたちは鍛冶屋から追い出され、再び馬車に乗っていた。


 メルヴィンの計画は変わっていた。アデラインを大公家の鍛冶職人と会わせる為だけに城下町に足を運んだだけのようだ。


「……演劇でも見るべきだっただろうか」


 メルヴィンは窓の外を眺めているアデラインの様子を見ながら、呟いた。


 女性が喜ぶ場所をメルヴィンは知らない。


 アデラインをデートに誘ったのも、昨日の思い付きだった。


 アデラインを知りたいと思ったのも、彼女が初恋の相手だと気づいたからだ。


 そうでなければ、今までのような素っ気ない態度をとり続けていただろう。


「気になる演目がございますの?」


「いや。……ただ、ベルンハルトに会うだけではデートとは言えないのではないかと思ってな」


 メルヴィンの言葉を聞き、アデラインは視線を窓の外ではなく、メルヴィンに向ける。


「そうですわね。私の知るデートとは違う気がしますわ」


 アデラインは苦笑しながら告げた。


「ですが、メルヴィン様らしいと思いますわ」


「俺らしいか?」


「ええ。女性慣れをしていない姿に安心をいたしました。定番の場所を巡るような案内をされていたら、きっと、私以外の方と遊んでいたのだろうと疑ってしまいましたわ」


 アデラインの言葉に対し、メルヴィンは心外だと言わんばかりの顔をした。


「また誘ってくださいませ」


 アデラインは視線を窓の外に向ける。


 耳まで赤く染まってしまっているのを隠そうとしているかのような身振りをしつつ、アデラインは素っ気ない言葉を口にする。


 ……断られたら、どうしましょう。


 婚約者と会う予定を立てるのは違和感がある。


 相手にされなくても仕方がないと諦めてきたのだ。その前提が急激に変わっていくことに、まだ慣れていない。


「いいのか?」


 メルヴィンはアデラインの手に触れた。


「ええ。喜んでお付き合いいたしますわ」


 アデラインは照れくさそうに笑いながら、返事をした。


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