05-4.
「……どういう教育をしたら、ああなるんだ」
「私にはわかりませんわ。少なくとも、私と同等の淑女教育は行っておりますもの。そうなりますと、エステルの行動は生まれ持った才能かもしれませんわね」
アデラインは諦めたように笑った。
……大人しくしているはずがありませんもの。
窓の外では馬車を追いかけるエステルと、エステルの奇行を侯爵邸の中だけで食い止めようとするマリアを筆頭としたエステルの専属メイドたちの追いかけっこが始まっている。
メルヴィンは呆気にとられていたが、すぐに窓の外を見るのを止めた。
どうしようもないものを目にしてしまったと思っているのかもしれない。
「行き先を知っているわけではないだろう?」
「ええ。私も知りませんもの。エステルは馬車を追いかけ回すつもりでしょうね」
「そうか。……聖女がとんでもないのはよくわかった」
メルヴィンはアデラインの肩に腕を回す。
……距離感覚がおかしいのではなくって!
心の中で悲鳴をあげる。
仕事をしている時にも思っていたことだが、男装をしていなくても距離感感が近いとは思ってもいなかった。
「なんですの。ふ、触れていいと言ってませんことよ!」
アデラインは動揺を隠せなかった。
……よりにもよって、これほどまでに露出をしているドレスですのに!
エステルが全力で薦めてきたドレスは露出のある形だった。今の流行は肩や胸が見えそうなほどに露出をしているドレスだ。しかし、エステルがデザインをした今回のドレスはそれ以上に体付きがわかってしまう。
日頃、男装をして過ごすことが多いアデラインにとって、羞恥心を煽るようなドレスだった。
「婚約者なんだから問題はないだろう?」
「今まで婚約者らしいことは、なにもなさらなかったでしょう! 急に態度を変えられると私もどうすればいいのか、わからなくなるのです!」
「それは悪かった。つい、触れたくなったんだ」
メルヴィンは反省をしていない。
その証拠にアデラインの肩に回した腕を退けようとしない。婚約者ならば当然の触れ合いだと言わんばかりに、露出をしている肌を指で撫でる。
……信じられません!
緊張と羞恥心で気を失いそうだった。
恋い慕う人に触れられたところが熱を持ったように熱く感じる。
……私の気持ちも知らないくせに。残酷な方ですわ!
触れられても、言葉で怒るだけで抵抗をしないアデラインがなにを考えるのかなど、メルヴィンは手にとるようにわかっているのかもしれない。
「アデライン」
メルヴィンは恋人の名を口にするかのように、アデラインを呼ぶ。
それに返事はしないものの、アデラインは視線をメルヴィンに向けた。
「愛している。永遠に俺と一緒にいてくれないか?」
それは突然の告白だった。
「えっ、……え?」
アデラインはすぐに返事ができなかった。
メルヴィンの突然の告白を頭の中で処理ができない。
耳まで真っ赤に染まり、肩に触れられている手を弾かない時点で好意を抱いているのは丸わかりだ。
しかし、今までアデラインのことを冷遇していた婚約者からの言葉に、頭の中が大混乱だった。
「返事はもらえないだろうか?」
「え、えっと。急に言われましても、私の心の準備というものが……」
「アデライン。本音を聞かせてくれたら、それでいいんだ」
メルヴィンは不安そうに声をかけるものの、催促をしているだけである。
馬車の中で告白をしたのはアデラインの逃げ場を無くす為だ。雰囲気にこだわらなかったのは、今も馬車を追いかけているエステルに邪魔をされる前に行動に移さなければならないと察したからだろう。
メルヴィンは獲物を狙うような目をしていた。そのことにアデラインは気づかない。
「わ、私も。その、お慕いしておりますわ」
アデラインはメルヴィンの勢いに押されて、返事をした。
……メルヴィン様は男性がお好きなのかと思っていましたのに。
女性嫌いだという噂を何度も耳にしていた。
騎士団での仕事を見ている限り、愛人がいる為に嘘の噂を流しているわけではないということを知った。
そして、男装をしているアデラインに対して異様なまでに距離が近かった。
だからこそ、メルヴィンはアディ・エインズワースのような見た目の人が好みなのだと思い込んでいた。
「そうか」
メルヴィンは笑った。
「それはよかった」
両思いであることを確認して安心をしたのだろうか。
「では、このまま行為に及んでも――」
「触らないでくださいませ」
アデラインは拒絶をした。
ドレスの形を崩すわけにはいかない理由があったからだ。
「このドレスは義妹からのプレゼントですわ。そのような不躾な目で見ないでくださいませ」
「聖女殿の意図したことではなく?」
「エステルの意図など、たかが知れていますわ」
アデラインは否定をしない。
「私のことを姉として慕ってくれていますのよ。家族の中では一番、私のことが好きだと言ってくださるの。かわいい義妹でしょう?」
アデラインはメルヴィンの手の上に自身の手を重ね合わせる。
それ以上、好き勝手に触らせるつもりはなかった。
「このドレスを選んだのはエステルから、メルヴィン様に対する挑発ですわ」
「挑発を受けるほどに関わりはないが」
「ええ。ですからこそ、エステルは些細な嫌がらせをしようとしているのでしょうね」
アデラインの言葉の意図をメルヴィンは理解ができない。
……メルヴィン様は他人の気持ちに疎い方ですわね。
仕事をしているとわかってきたことがある。
メルヴィンは第一騎士団の騎士団長を任せられているものの、騎士たちに配慮というものが得意ではない。
厳しい訓練を付けるのは騎士団長として義務であると考え、日々のコミュニケーションでさえ、任務で支障がでないように最低限だけでもとらなければならないという考えで動いている。
……メルヴィン様の意図が正しく伝わるように走り回る副団長には、同情をしてしまいますわ。
周囲に支えられていることはメルヴィンもわかってはいるだろう。
しかし、それをどのような言葉で伝えればいいのか。メルヴィンはよくわかっていない。他人の感情の変化に疎く、他人に対して教え乞う機会には恵まれてこなかった。
大公家の嫡子ということもあり、的確に指示を出す教育は施されているものの、周囲の人間に気を配ることは必要ないと教え込まれてきた。
そのような環境は、貴族ならば当然のことだ。
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