05-3.

 ……ろくなことではないわね。


 アデラインはエステルの奇行を知っている。


 だからこそ、予定を思い出したというのは嘘であり、とんでもない企みを思いついたのだろうと察した。


「マリアに監視をさせなさい。なにをするか、わからないわ」


 アデラインの指示を受け、メイドの一人が動いた。


 エステルの専属メイドの一人であるマリアに伝えに行ったのだろう。


「聖女様に好かれるというのも大変ですね」


 エリーの言葉を聞き、アデラインは苦笑した。


 ……エステルのことが好きな王子たちが心配だわ。


 前世の婚約者だったセドリックのことを思い出す。


 エステルの同級生であり、幼馴染として育ったセドリックは一途にエステルに恋をしている。


 しかし、セドリックの恋は未だに成就していない。


 エステルの恋人になる条件は、アデラインとの決闘に勝つことである。


 その条件を掲げたのはエステルだ。


 最低限の条件すら突破できないような相手と恋をできる自信がないと言っていた姿は、聖女とは思えないものだった。


 ……とはいえ、手加減をしてあげるわけにはいきませんものね。


 アデラインはエステルのことを大切な家族だと思っている。


 それならば、義妹が決めた条件を守れないような男に差し出すわけにはいかない。


「暴走癖がなければ、かわいい子なのよ」


 アデラインの言葉を聞いて同意をするメイドは一人もいなかった。



* * *



 大急ぎで取り掛かられた準備の末、アデラインは侯爵邸の玄関の前に止められている大公家の馬車を見て、気が遠のきそうになった。


 ……本当にいらっしゃるとは思いもしませんでしたわ。


 広い中庭を馬車が走るのはいつものことである。


 王都での日常を過ごす為だけに建てられているとはいえ、侯爵邸は広い。敷地外にでるまでの間、主人たちを歩かせるわけにはいかない。その為、敷地内を馬車が通ることができるように整備されているのだ。


 ……冗談だと思っていましたのに。


 堂々と迎えに来たメルヴィンに対し、警戒心をあらわにしている使用人たちがいるのを咎めることさえもできなかった。


「メルヴィン様、よく迎えに来られましたわね」


「当然だろう。事前に使いを出しておいたからな」


「いえ、そういう話ではありませんわ。侯爵家の使用人に刺されるとは考えませんでしたの?」


 アデラインは問いかけてみたものの、実際にそのようなことが起きれば、メルヴィンに取り押さえられることになるだろう。


 もしかしたら、メルヴィンよりも先にアデラインが動くかもしれない。


「刺されるようなことはしたと自覚はある」


 メルヴィンの返答は意外なものだった。


 ……反省なさったのかしら。


 急激に態度を変えられても、どう対応をすればいいのか、わからない。


「それよりも、今日は、……なんというか。すごい格好だな」


「それは貶していらっしゃるのかしら」


「いや! 違う。その、いつもと違うからな。他人に見られるのが嫌だと思っただけだ。それほどに似合っていると言いたくてだな」


 メルヴィンも緊張をしているのだろうか。


 ……本当にメルヴィン様らしくありませんわ。


 仕事の時に見ている姿とはあまりにも違う。


「そうですの。それよりも、エスコートしてくださるのでしょう?」


「もちろんだ」


 アデラインの言葉を聞き、メルヴィンは手を差し出した。


 その手を迷うことなくとる。


「……手はいつもと同じだな」


「当然でしょう。私の手は二本しかございませんもの」


「それは知ってる。だが、愛らしい姿なのに、いつもと変わらないところを見つけると安心するものだな」


 メルヴィンの手を取り、馬車に乗り込む。


 護衛を兼ねて同席をすることが許されているエリーは、アデラインたちが乗る馬車を追いかける形で用意されている従者用の馬車に乗り込む。


 ……従者用の馬車なんて初めて見ましたわ。


 大公家が考案したのだろうか。


 基本的に付き添いの従者は馬に乗るものである。中には主人と同席し、馬車に乗る者もいるが、旅の危険性を考慮した場合に限った話だ。


「どうかしたか?」


 メルヴィンはアデラインの隣に座る。


 二人が座ったのを確認した御者は馬車を走らせた。


「どうして隣に座るのですか?」


「アデラインの隣に座りたかったからな」


「一般的に向かい合うものでしょう。わざわざ、隣に座る必要はございませんわ」


 アデラインはメルヴィンの表情を伺う余裕がなかった。


 ……いつもと違う服装だけで、これほどまでに緊張をするなんて聞いてませんわ!


 鼓動が早くなる。緊張していることを気づかれないように、アデラインは視線を窓の外に向けた。


 侯爵邸の敷地内の為、馬車はゆっくりと動いている。


 馬車が走る場所を避けて仕事をしている庭師や使用人たちの挙動が確認できるほどの速さだ。走って追い付ける程度の速さしかでていないのだろう。


「メルヴィン様。私の義妹の話をしてもよろしいかしら」


「かまわないが。例の聖女だろう?」


「ええ。聖女ですわ。未成年なのにもかかわらず、国王陛下から聖女と認定を受けるほどの才能の持ち主なのですけども、少々、奇行に走る悪癖がございまして」


 アデラインは馬車から少し離れたところを走っているエステルを見つけた。

 堂々と着いていくことができないのならば、付きまとうことにしたのだろう。


「奇行?」


 メルヴィンも初めて聞いたことだったのだろう。


 聖女の印象を壊しかねないという理由により、エステルの奇行は強引に隠蔽されている。


 目撃者はエステルの奇行を口にしない。


 おそらく、思い出したくもないだけだろうが、結果としてエステルの奇行が周囲に広まるのを防ぐことができた。


「昨日、言っていた泣き癖か?」


 メルヴィンは昨日のやりとりを思い返しているのだろう。


 エステルには、家族でなければ慰められないほどの泣き癖がある。その対応をする為、アデラインは第二騎士団の要請に応えなければならない。


「それもございます。ですが、それよりも酷い状態ですの」


「……待て。窓の外を見ながら言っているのは偶然か? まさか、その奇行を見ながら言ってるわけではないだろうな?」


「さすがは騎士団長ですわ。状況の把握が素晴らしいですわね」


 アデラインは窓から視線を逸らした。


 それから、隣に座っているメルヴィンに窓の外を見るように促した。


「あれが聖女の奇行ですのよ」


 アデラインはエステルの奇行に慣れてしまっていた。

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