05-2.

 甘やかすだけ甘やかした結果、エステルはとんでもない常識外れになりつつあった。


「エステル。かわいい顔が台無しよ。怒らないでちょうだい」


 アデラインはエステルの髪を撫でながら、優しく言葉をかける。


 ……小動物みたいな顔になったわね。


 そうするとエステルは頬を膨らませた状態に戻った。


「むぅ。大好きなお姉さまの頼みだから、しかたがないですね」


 エステルは抱き着くのを止める。


 それから、顎に指を当てて考えている。


「お姉さまは赤色が一番似合うんですよね。あの男と会うのは嫌ですけど。お姉さまを無下に扱ったことを後悔させる為には、もっとも、お姉さまらしくて、お姉さまに似合うドレスを探さなければ」


 独り言だろうか。


 エステルは呪文のような言葉を口にしながら、ドレスに向かって一直線で歩いていく。どうやらお目当てのドレスがあるようだ。


 ……大丈夫かしら。あの子。


 アデラインは心配になってしまう。


 一週間後の討伐任務にエステルが耐えられるとは思えない。


 なにより、独り言が多く、常識の斜め上を走り抜けるような性格が騎士団に馴染めるとは思えなかった。


 ……思い込むと制止の利かない子なのよね。


 前世でもそうであった。


 誰もが諦めたアデラインの処刑を、最後の最後まで足搔いたのはエステルだ。


 処刑が実行された直後に響き渡ったエステルの泣き声は、アデラインの耳に届いていた。もしかしたら、前世の記憶を持ったまま、生まれ変わったのは聖女であるエステルが引き起こした奇跡なのかもしれない。


「たしか。この奥に。お姉さまに似合う色のドレスを買ってもらったはずです」


 エステルはメイドの制止を聞かない。


 手入れをされているドレスたちを雑に扱わないでもらいたかったのだろう。エステルを制止しようとして、容赦なくその手を叩かれたメイドは泣きそうな顔で俯いてしまっている。


 ……悪い癖がでているわ。


 アデラインはエステルを止めない。


 言うことを聞かせようとすると、エステルがなにを要求してくるか、わかったものじゃないからだ。


「赤色のドレスに決まりそうよ。それに合わせたアクセサリーを探してちょうだい」


「かしこまりました。衣装を合わせてからではなくても、よろしいのですか?」


「エステルの選んだドレス以外を着てごらんなさい。あの子、一日中、癇癪を起して暴れまわるわよ」


 アデラインの言葉を聞き、エリーは思わず頷いてしまった。


 ……メルヴィン様に言っておかないといけないわね。


 アデラインが考えていたよりも、エステルの怒りは大きかった。討伐任務の際、その怒りの矛先がメルヴィンに向けられないとも限らない。


 聖女として役割は大泣きをしながらではあるが、手を抜かないだろう。


 しかし、討伐が終わってからはわからない。


 ……メルヴィン様が傷を負わないようにしなくては。


 メルヴィンは強い。


 アデラインも何度か手合わせをしているが、勝てたことがない。


 ……あの子、治癒魔法をかけてくれないでしょうから。


 エステルはメルヴィンが負傷したところで治療を拒絶するだろう。それどころか、義姉のことを蔑ろにした天罰が下ったのだと言いかねない。


「どうして、エステルはメルヴィン様を嫌うのかしら?」


「相性が悪いのでしょう。エステル様は、お嬢様に懐いておりますので。お嬢様に構っていただける時間を奪われたのが、よほど、お嫌だったのだろうと思います」


 アデラインの素朴な疑問を耳にしていたエリーは、豪華な宝石で飾り付けされたアクセサリーをアデラインの前に並べながら、当然のように答えた。


「なにより、スコールズ卿の不誠実さを知る者ならば、誰もが敵視を向けることでしょう」


「仕事には熱心な素敵なお方よ?」


「仕事が大切ならば、仕事と結婚をなさればよろしいのです。お嬢様にした仕打ちをエリーは生涯忘れることはないでしょう」


 エリーの言葉に心から同意をしているメイドたちは多いのだろう。


 ……エリー、怒っているわね。


 昨夜、こっそりとエリーに渡した箱の中身を見たのだろう。切断されたさらしとコルセットの紐を確認して、悲鳴をあげることもできなかったはずだ。


「お姉さま! このドレスにしましょう!」


 エステルは目的のドレスを見つけたようだ。


 落ち着いた色合いの赤いドレスだ。全体的にフリルは少なく、大人びた印象を与える。万が一の時にも対応できるように動きやすさが考慮されている。


 アデラインが見たことのないデザインのドレスだった。


 ……流行していないのが不思議なくらいですわね。


 ドレスの流行は早い。


 あっという間に流行していき、一年程度で廃れるのが一般的である。たまに数年程度の流行が続くことがあるが、ドレスの型として定着するまでにはいかないことがほとんどだ。


「初めて見ましたわ」


 アデラインは素直に感想を述べた。


 ……すぐに何着か、確保をしておくべきかしら。


 デザイナーは侯爵家で依頼しているところだろうか。


 しかし、メイドたちの様子がおかしい。まるで、エステルが手にしているドレスの存在を知らなかったかのようだ。


「そうでしょう! あたしがデザインをした最新のドレスです! お姉さまが着れば大流行間違いないですよ!」


 エステルはドレスを傍にいたメイドに渡す。


 渡されたメイドは大慌てで、そのドレスをアデラインの元に運んできた。


「まあ。多才な子ですわね」


 アデラインはエステルの奇行に驚かない。


 どうしようもなく、頭を抱えさせられる言動も多いのだが、エステルは才能の塊でもあった。


 想定外なところで活躍をしていたことが後々知れ渡り、両親が大慌てでエステルを取り押さえたことも少なくはない。


「えへへ。ドレスは作れないのでデザインだけ書いてお願いしたんです。あっ! 今回はお母さまに許可をとりましたよ!」


 エステルの言葉を聞き、アデラインはわかっていると言わんばかりに頷いた。


 ……デザイナーを呼んでほしかっただけでしょうね。


 専属のデザイナーをエステルが侯爵家に招くことはできない。


 ただでさえ、好き勝手に動き回るのだ。なにかと制限をつけておかなければ、なにをされるのか、わかったものではない。


「本当はお姉さまの誕生日にプレゼントをしようと思っていたんですけど。お姉さま、誕生日はお仕事でしょう? だから、今日、渡しますね」


「ありがとう。エステル。とても素敵な贈り物だわ」


「喜んでくれてよかったです。……あたし、やることを思い出したので、もう行きますね!」


 エステルはなにか思い出したのだろうか。


 大慌てで衣装室を飛び出していった。

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