05-1.悪役令嬢の初めてのデート

 翌日、アデラインは真剣な顔でエインズワース侯爵邸の衣装室にいた。


 アデラインのドレスや男装用の衣装など幅広く用意されている中、エリーがいつも以上に忙しなく動き回っていた。


 エリー以外のメイドたちもアデラインの本日の服装を決めるのに大忙しだ。衣装室の隅から隅まで徹底的に漁り、メイド同士で言い争いまで繰り広げられている。


「お、お姉さま。大丈夫ですか……?」


 あまりの騒がしさに心配をしたのだろう。


 衣装室の扉を僅かに開け、エステルが声をかける。


「ええ。騒がしくして悪いわね」


「いいえ! それは大丈夫です。大丈夫ですけど、今日はお屋敷にいる日ではなかったのですか?」


「それが急に予定が入ったのよ」


 アデラインは腕を組む。


 ……午後からにしていただけてよかったわ。


 本当は午前からの予定だった。


 なぜか、騎士団の隊服を着るのに必要な道具を一式持参することと、男装の手伝いをしているメイドのエリーを連れてくるように指定がされたものの、その理由を考えている余裕はない。


 約束の時間まで残り三時間を切っている。


 それなのに着ていくドレスが決まらなかった。


「エステル。貴女、時間があるかしら?」


「あります。今日は学院もお休みですし」


「そう。よければ、衣装選びに手を貸していただけないかしら。見ての通り、彼女たちだけでは決まりそうにないのよ」


 アデラインの言葉を聞き、エステルの目が輝いた。


 それから、その言葉を待っていたといわんばかりの勢いで衣装室へと足を踏み入れる。勢いのまま、アデラインに抱き着いた。


「お姉さま。お友達と遊びに行かれるのですか?」


 エステルはアデラインに抱き着いたまま、問いかける。


 互いに忙しく、ゆっくりと会話を楽しむ時間もない。


 それでも、アデラインはエステルのことを気にかけていた。それが功を奏したのだろう。


 エステルはアデラインのことが大好きだった。


 誰よりも大好きだと公言していた。


 学院では、侯爵家とは血の繋がっていない養子だとからかわれることもあるが、それを気にすることもなく、堂々としていられるほどに家族が好きだった。


「いいえ。メルヴィン様と出かけるのよ」


 アデラインの返事を聞き、エステルの動きが止まった。


 信じられない言葉を聞いたと言わんばかりの顔だ。


 ……みんな、同じ顔をするのね。


 大忙しでドレスやアクセサリー、小物を準備しているエリーたちも同じような顔をしていた。それもそうだろう。


 一度も会おうとしなかった婚約者と出かけるなどと、アデラインの口から聞かされる日が来るとは誰も思っていなかった。


「メルヴィン様って、あのメルヴィン様ですか?」


「もちろんよ。王国に滞在しているメルヴィン様はお一人だけですもの」


 アデラインは当然のように答える。


 その間もメイドたちがドレスとアクセサリーを組み合わせたものをアデラインに見せ、しばらく、考慮する。


 ……メルヴィン様の好みとは外れている気がするのよね。


 考え抜いた末、提示された組み合わせを却下した。


「正気ですか!? お姉さま!」


 エステルはアデラインの正気を疑っていた。

 その反応も先ほどメイドたちに見せられたものと同じだ。


「揃いも揃って、私の正気を疑わないでくださる?」


 アデラインはエステルたちの反応がわからないわけではない。


 ……それほどに酷い対応ばかりでしたもの。


 メルヴィンはなにを考えているのだろうか。


 信頼している部下の正体が婚約者だとわかっただけで、あれほどに手のひらを返せるものなのだろうか。


 様々なことを考えてみるものの、やはり、優先するべきは本日の衣装選びである。考えるのはメルヴィンと会った後でもいい。


「それよりも、どのような服がお好みかしら」


 アデラインはメルヴィンの好みを知らない。


 アデラインの誕生日には、素っ気ないメッセージと適当なアクセサリーが贈られてくるだけだ。アデラインもなにかとメルヴィンに対して手紙や贈り物をしてきたが、それに対する反応はなにもなかった。


 ……好みを確認するべきだったわね。


 昨日の仕事中、仕事に関係のない話をする時間はたくさんあった。


 どさくさに紛れて、メルヴィンの好みを確認するべきだったと反省をする。


 ……食事の好みなら知っているのですけども。


 騎士団本部の食堂で相席をしたことが何度かある。


 その時に好き嫌いなく食べている姿を見たことがあった。


「アディ・エインズワースのことがお気に召しているようでしたから、いっそのこと、男装でもしていこうかしら」


「ダメです。正体を明かすつもりですか?」


「ええ、そうよね。エステルの言う通りだわ」


 アデラインは困っていた。


 抱き着いたままのエステルの頭に手を伸ばし、髪を撫でる。


 エインズワース侯爵家の人間とは違う髪質だ。綿毛のように柔らかく、触り心地が良い。


「エステルも選んでくださらない?」


 アデラインのお願いをエステルは断ることはない。


 しかし、今日は機嫌が悪いのだろうか。エステルは小動物のように頬を膨らませ、アデラインを抱きしめた姿勢のまま、動こうとはしない。


「あたしも、一緒にいてもいいですか?」


「それはできないわ。メルヴィン様に確認をしていないもの」


 アデラインの返事は、エステルにとって想定内だったのだろう。


 妹同伴で婚約者と逢引きをするなど聞いたことがない。


 たとえ、それが聖女と崇められるべき存在であったとしても、非常識な行動だと非難されるだろう。


「あんな男なんて放っておけばいいんです。お姉さまのことを放っておいたんですよ! あんな人、お姉さまにふさわしくないです!」


 エステルは怒っていた。


 侯爵家の養子として引き取られて以来、エステルはそれなりの教育を受けてきた。しかし、貴族としての才能はなかったのだろう。


 貴族では一般的である政略結婚の意味を理解しようとしない。


 お茶会や舞踏会での常識を守ろうとしない。


 天真爛漫な性格が歪まなかったのは不幸中の幸いだろう。


 それでも、聖女としての力を披露した後も、エインズワース侯爵家の養子にふさわしくないと影口を叩かれる日常を過ごしているのは、エステルの態度に問題があった。


 ……家族といる時にはかわいいものなのですけども。


 アデラインはエステルを叱ったことがない。


 それは前世の過ちを繰り返さない為でもあり、エステルを叱る義務がアデラインになかったからである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る