04-4.
今まで婚約者を蔑ろにしていた人とは思えない態度だった。
「指示があるまでの間、メルヴィン騎士団長のお傍から離れません。それで妥協していただけませんか?」
アデラインは真剣な眼差しでメルヴィンに訴える。
……エステルの元に行くように指示がでるとは思いますが。
討伐任務にエステルが耐えられるとは思えない。
光属性に恵まれ、魔法を扱う才能は学生の中では上位に入るだろう。しかし、エステルが使うことができるのは光属性の魔法だけである。
他人を癒す力に恵まれたエステルは自分を守る術を習得していない。
混乱の中、エステルは大泣きをすることになるだろう。
……あの子を慰める役が私以外にもできればいいのですが。
この状況では無理だろう。
明らかに、エステルの力を試すのには向いていない討伐任務を指名したカーティスを研究室から引き離せるとは思えない。
「俺の指示で離れるように言うとでも?」
「いいえ。第二騎士団からの要請に応える形になるかと思います」
「アディは第一騎士団の人間だ。他の騎士団の指示など聞く必要はない」
メルヴィンは説得に応じない。
それはアデラインを危険な目に遭わせたくないからだ。
もしかしたら、自分以外の指示に従うアデラインの姿を見たくないという個人的な感情も含まれているかもしれない。
「はぁ。どうしたら、わかってくれるんだ」
メルヴィンはため息を零す。
……今までも危険な討伐任務に参加していたのですが。
アデラインには、メルヴィンがなんとしてでもアデラインの討伐任務の参加を防ごうとしている理由がわからなかった。
……意地を張っていると思われているのでしょうか。
ここまで他人に心配をされたことはなかった。
……変な感覚ですわ。
アデラインは両親の特技を受け継いでいる。
剣術の才能は先代の第一騎士団の騎士団長を務めた父親から受け継ぎ、魔法の才能は王立魔術師団の団長を務めた経験のある母親から受け継いだ。
魔法の才能こそカーティスに劣るものの、それ以外の人には簡単には負けない自信がある。
だからこそ、他人から心配されるのはあまりなかった。
「なにを笑っている」
メルヴィンはアデラインの表情が緩んでいることに気づき、アデラインの頬を掴む。
「状況をわかっているのか?」
「はひぃ」
遠慮なく、アデラインの頬を掴んでいるメルヴィンに対し、アデラインは気の抜けるような返事をした。
「ふっ」
メルヴィンはアデラインの頬から手を離した。
気の抜けるような返事がお気に召したのか。それとも、自身の変化を誤魔化そうとしているのか、わからない。
……これほどまでに触られる方とは知らなかったですわ。
摘ままれていた頬を撫でる。
痛みがないように加減をされていたのだろう。
……女性嫌いとはなんだったのでしょうね。
アデラインのことが嫌いなのかと考えてもいたものの、正体がばれた後も距離をとろうとしない。それどころか、アデラインの心配までしている。
……少なくとも、私は嫌われてはいなかったのでしょう。
安堵する。
これならば、結婚をしたとしても冷遇されることはないだろう。
「俺の傍から離れるな」
「私の話を聞いていましたか? 第二騎士団の要請に応えなければならないとお伝えしたつもりでしたが、もしかして、伝わっていませんか?」
「わかっている。それに応えるかどうかは俺が判断する。いいな?」
メルヴィンの言葉に対し、アデラインは頷くしかなかった。
……適切な判断はできるでしょう。
離れたくないなどといった理由で第二騎士団の要請を拒むとは、考えにくい。メルヴィンは騎士団長として討伐任務の重要性を誰よりも理解しており、その危険性も理解をしているはずだ。
「騎士団長の判断に一任します」
アデラインは騎士として応える。
その答えを聞き、メルヴィンはようやく納得をしたようだ。
「アディ、合同任務の前に休暇はあるか?」
メルヴィンに問われ、アデラインは考える。
……合同任務は一週間後でしたわね。
正確な日付は今日中に張り出されることになるだろう。
手元にある資料を確認する限りは、ちょうど一週間後に出立となっている。
どれほどの日数がかかるか、わからないが、エステルが参戦することを考えると数日程度の日程で組まれているはずだ。
「明日と五日後が休暇のはずです」
アデラインは騎士の中でも休暇が多い方である。
正規の騎士ではあるものの、エインズワース侯爵家の令嬢として出席しなければならないお茶会や舞踏会もある為、毎週三日は休暇を与えられている。
そのことに文句があがらないのは、アデラインが強いからだ。
討伐任務などの遠出が必要となる任務では、アデラインの参加は必須であると仲間たちから思われているほどの実力者である。
アデラインを相手に休暇が多すぎると文句を言い、決闘を申し込もうとする者はいない。
そもそも、アデラインの休暇は父親に決められたものであり、彼女にはどうすることもできないのだが、その事情を公するわけにはいかなかった。
「明日は予定が入っているか?」
「いいえ」
「そうか。では、明日だな」
メルヴィンの言葉を聞き、アデラインはすぐに理解ができなかった。
……私の休暇がなにか問題でもあったのかしら。
明日は予定が入っていない為、急に仕事の予定を入れられても対応はできる。
どうしても、都合が悪くなった同僚と休暇の日付を交換することも珍しくはない。
「運がよく、明日の休暇が重なっている。たまには婚約者として会うのも、良いだろうと思ったのだが。……どうだろうか?」
メルヴィンは勇気を出して誘ったのだろう。
それを聞き、アデラインの動きは固まった。
……婚約者として?
それは男装のことを秘密にしてもらう代わりに聞くことになったメルヴィンの要望というのに、関係しているのだろうか。
……あれほどに避けていっしゃったのに。
都合が良いのには限度というものがある。
散々、お茶会や舞踏会の誘いを送っても仕事を理由に断られてきた。
その日、メルヴィンの仕事の予定が入っていないことを知っていたアデラインは、メイドたちが露骨なまでに気を遣うほどに傷ついていた日々を思い出す。
「……それほどまでに、アディ・エインズワースがお気に召しておりましたのね」
アデラインはメルヴィンを見上げる。
身長だけは誤魔化せられなかった。
「そのお誘い、受けさせていただきます」
アデラインは断らなかった。
散々無下にされてきた日々を考えれば断ってしまいたい衝動にかられたものの、休日に恋い慕う人と会えるという楽しみには抗えなかった。
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